後日譚37.事なかれ主義者は気を付けるつもり
「以前から思っていた事を伝えるわ。とりあえず最後まで聞いてくれるかしら」
「うん」
部屋に残ったジュリウスを気にした様子もなく、ランチェッタさんは僕の正面の椅子に座ると、真っすぐに見つめてきた。
その雰囲気は普段の彼女ではなく、ガレオールの女王のもので、近寄りがたい何かがあった。
「シズト、いい加減自覚しなさい。貴方がどう思っていようと、貴方はエルフたちのトップに立つ人間で、その命令一つで簡単に身内が死んでしまう事を。貴方の抱える戦力の一つであるエルフたちは、貴方のために死ぬのなら本望だ、という者たちばかりだわ。替えはまだまだたくさんいるでしょうし、これからも増え続けるでしょうね。ただ、そんな彼らにも家族はいるのよ。貴方の決断が遅れたり、消極的な命令をしたりするとその家族から大切な人を奪ってしまう事になるという事を肝に銘じておきなさい」
「でも――」
「まだ話は終わってないわ」
「はい」
とりあえず最後まで話を聞きなさい、と話が始まる前に言われたのを思い出して口を噤む。
彼女は満足そうに一度頷くと言葉を続けた。
「加護を失う前の貴方だったら今回の判断は間違いではなかったかもしれないわ。というか、私に相談をしに来る事もなかったのかもしれないわね。貴方が大量の魔道具を作れば防衛力は強化されるし、最悪船を復元不可能まで破壊してから逃げても作り直せばいいだけだもの。エルフたちが許すかは分からないけど、貴方が現地に赴いて『加工』を使えば誰一人傷つける事無く制圧する事もできるって言う事はヤマトとの一件で分かっているわ。ただ、もうその力はどれも貴方にはないのよ」
「それはそうだけど――」
「まだよ」
「はい」
ジュリウスが入れてくれた紅茶を優雅に一口飲んだ彼女はさらに話を続けた。
「貴方が命じた専守防衛っていうのはね、貴方の世界じゃ分からないけど、こちらの世界では圧倒的な力の差がない限り味方側の戦力をいたずらに削ってしまうのよ。サンレーヌ国は海軍が強いと聞いた事があるけど、陸戦ができないわけじゃないだろうし、向こうにどんな力を持った強者がいるか分からない以上、やられる前にやるしかない、というエルフの判断は間違っていないわ。向こうがこちらを下に見て船をよこせと要求してきたのなら、こちら側にできるのは大人しく従うか、徹底的に抗うかの二択なのよ。話し合いっていう選択肢は向こうの選択肢の中にはないからいくらこっちが話し合いをしようと求めても相手は聞き入れないわ。徹底抗戦して、向こうがこちらの力を認めた時に初めて、話し合いという選択肢が生まれるのよ」
「…………」
「貴方が元々いた国はきっと争いのない平和な世界だったのでしょう。だから、こちらの世界の文化や価値観、考え方に染まるのは難しいとは思うわ。ただ、いつまでもそのままだといつか本当に大事なものまで失ってしまうかもしれないの。そうならないためにも、少しずつ慣れていって頂戴」
「…………」
ランチェッタさんは先程までの威厳がどこかに消えてしまったようで、困った様な表情のまま笑みを浮かべた。
「でも、今の話を聞いても尚貫き通したい思いがあるというのなら否定はしないわ。国のトップの在り方なんてそれぞれだろうから。戦闘に関する事は見ないフリをして他の者にすべて判断をゆだねてもいいし、専守防衛が良いのならそれでもいいわ。貴方の自由にしなさい。ただ、自由には責任が伴うものよ。それで、何か言いたい事はあるかしら」
「……特にないです」
「そう。ディアーヌ、話は終わったわ。入ってきていいわよ」
「失礼します」
「クレストラの方の反応はどうだったかしら?」
「すぐにでも動く、とヤマトの女王陛下から申し出がありました。ラグナクアは王の代わりとしてレスティナ公爵が対応するために来てくれるそうです」
「そう、分かったわ。ジュリウス、向こうの安全が確保され次第、現地に行くわ」
「ランチェッタ様も向かわれるのですか? お腹の子に悪影響があるかもしれませんが……」
「そうだとしても、私は女王なのよ。やるべき時にはやらなくちゃいけないの。協力してくれるわよね?」
「……シズト様の護衛があるので私は無理ですが、世界樹の番人から護衛を数名お付けします」
「じゃあ、僕も行けばジュリウスも行くって事だよね?」
「貴方には留守番をしていて欲しいのだけど」
ランチェッタさんが困ったような表情で僕を見て来たし、ジュリウスもディアーヌさんも難色を示している。
以前の僕だったらきっとこうはならなかったんだろうな、と思いつつそれでも行くと主張した。
「考え方なんてそうそう変えられないし、変わらないと思う。だから、ランチェッタさんの近くで現実をしっかり見て、答えを出していきたい。いいよね、ジュリウス」
「御心のままに」
「……仕方ないわね。ただ、貴方が動くというのならば万が一の事がないようにしっかりと準備しないといけないわよ」
「分かってる。とりあえずお昼寝してそうなクーは背負っていくとして……ライデンとムサシ、それからセバスチャンにも手が空いてるか確認した方が良いよね」
「奥様方と御子様方を守るための戦力はフェンリルとドライアドがいますし、既存の者たちだけで十分でしょう。各地の街を守るための守備要員以外は動員できるように連絡をするので今しばらくお待ちください」
「…………それって、安全確保のためだよね? ちょっと多すぎなんじゃない?」
「それだけシズトの事が大切って事よ。ただまあ、向こうの戦力にもよるけど…………国盗りも可能かもしれないわね。くれぐれも、怪我をしないように気を付けてね? 怒れるエルフが暴走しないように……」
…………絶対に怪我をしないように気を付けよう。




