後日譚35.事なかれ主義者は相談する事にした
モニカが出産してから二週間ほどが過ぎた。
一週間ほどは休んでいる事が多かったモニカだったけど、回復役のおかげかちょっとずつ本調子に戻りつつあるようだ。
レヴィさんのように産後一週間で「畑が心配なのですわ~」と言って外に出ようとするのは心配だけど、モニカのように休んでいる事の方が多いのも心配だ。
これから出産を控えている皆も無事に出産を終える事ができたらいいんだけどな、と思いつつ祠へのお祈りを済ませた。
「今日も千与と育生の様子でも見てようかなぁ」
子どもの成長は早いって言うし、最近やっとおしめを換えたり、お風呂に入れて上げたりするのができる気がしてきたのだ。あと二週間ほど観察と聞き取りを繰り返せばできる気がする!
そうと決まれば早速屋敷に戻らないと……と思ったけど、転移陣を置いてある場所にドライアドたちがわらわらと集まっているのが気になった。
ドライアドたちは転移陣が使われる時はああいう風に集まるんだよなぁ。縄張りに誰かが入ってくるのに敏感なのだろう。
「でも、あんなところに転移陣を設置したっけ? ジュリウス、どこに繋がっているか覚えてる?」
「はい」
「どこに繋がってるの?」
「それは――」
僕の身辺警護をするために近くに控えていたジュリウスに問いかけるとすぐに彼は答えようとしていた。
ただ、それよりも早く転移陣が光り輝き、誰かが転移してきた。
ガレオール人特有のこんがりと焼けた肌に、大きな帽子を見て、僕は首を傾げた。
「バーナンドさん?」
「坊主! 丁度いい所に……エルフたちを止めてくれ!」
慌てた様子のバーナンドさんが一歩転移陣から降りてこっちに向かって来ようとしたが、ジュリウスが割って入る前にドライアドたちが彼をぐるぐる巻きにしてしまった。
「知らない人なの!」
「怪しい人~」
「知ってる人です!」
「そうだっけ?」
「知ってる人なの?」
「知ってる人ですよ~」
彼をぐるぐる巻きにしているのはユグドラシルとトネリコ出身のドライアドたちで、彼を知っていると言っているのはいつの間にかここにも現れるようになったフソー出身のドライアドたちだ。肌の色がそれぞれ黒、白、黄色と見分けやすい。
「なんでお菊ちゃんのとこの子たちがバーナンドさんのこと知ってるの?」
「魔動船の荷物の中に見覚えのある植木鉢があると報告がありました。害はないとの事で放置はしておりましたが、それがきっと世界樹フソーの根元で暮らしているドライアドたちの誰かのものだったのでしょう」
「そうですよ~」
「冒険楽しいです!」
「海の上はちょっと具合が悪くなっちゃうけど」
「「「ね~~」」」
小柄なドライアドたちが船に植木鉢を紛れ込ませた事に関しては別に今更驚く事じゃない。
ここの子たちを見ているとファマリアに行ってはそこら辺に植木鉢を置いてるし、中には馬車に乗せている子もいた。
以前からそういう習性があるかもしれない、とレヴィさんの妹でありドライアド研究の第一人者であるラピスさんが言っていた。
なので、今はそんな事よりも助けてくれと目で訴えてくるバーナンドさんを解放してもらう事が先決だろう。
肩の上でのんびりしていたレモンちゃんにも説得に加わってもらって、バーナンドさんに纏わりついているドライアドたちの髪を解いた。
「それで、どうしたの?」
「面倒な事になっちまったんだよ。今にも戦争が起きても不思議じゃねぇんだ! とにかく、エルフたちを止めてくれよ」
「……どういう事?」
ジュリウスにジトッとした目を向けると、彼は何食わぬ顔でスラスラと報告を始めた。
「現在、サンレーヌ国との交渉を終えたキャプテン・バーナンド率いるガレオールの交易船団は、魔動船に目をつけられて海上封鎖されており、出港する事ができない状況との事でした。魔動船は無傷で手に入れたい、という思惑があるのでしょう。出港さえしなければ何もしない、と暗に言われているそうです。サンレーヌとのやり取りなどは全て現場の判断に任せる、という事でしたので現場のエルフに求められるまま増員を派遣しておりました。先遣隊は船内に展開済みですので、順次制圧に必要と思われる戦力を転移陣を通じて投入していく予定です」
「いや、現場に任せるって言ったけどそれは交渉とかの事で……」
「これも交渉の一種ですよ、シズト様。向こうは魔動船を手に入れるためだけに、こちらとの今後の関係を捨てるつもりのようですが……まあ、今まで交流がなかった国ですし、切り捨てても問題ないと判断したのかもしれません」
「領主が暴走しているとかないかな? 上の人に話をすれば……」
「一領主があれだけの軍船を揃える事ができるとは到底思えません……が、可能性はあるかもしれません。ただ、その間に鹵獲され、調べるための時間稼ぎなどをしてくる可能性はあります」
「魔動船って僕が作った奴でしょ? 調べられたところで作れないんじゃないかな?」
「そのままを作るのは不可能でしょうが、ジューロのように廉価版は作れる可能性は高いでしょう。また、サンレーヌ国は海軍が突出した強さを持っているとの事です。軍事転用をするために全力で研究に励むでしょうから、ジューロよりも高性能の物を作る可能性はあります」
「…………なるほど?」
これは僕の手に余る案件ですわ。
今回の交易船団は僕の船を使っているという事である程度任されてたけど、ガレオールやアトランティアにも関わる事だし、ランチェッタさんにも考えてもらおう。
あんまり妊娠中にストレスになるような話題は避けたかったんだけど、仕方がないよなぁ。
「とりあえず、船の防衛のためだけに戦力を投入して。間違っても街を制圧とかしないように。専守防衛に努める事」
「かしこまりました」
「バーナンドさんは僕と一緒に来て。僕だけで判断できることを超えちゃってるだろうから、ランチェッタさんに話しに行くけど、その時に状況説明できるようにしておいてね」
「女王陛下と話すのか……言葉遣い気をつけねぇと……」
「レモンちゃん、ガレオールに繋がる転移陣起動して」
「レモーン!」
肩の上で成り行きをじっと見守っていたレモンちゃんが叫ぶと、肌が白いドライアドたちに僕のしてほしい事が伝わったようでわらわら動き始めた。
加護があれば話は早かったんだけど……今後も起こる可能性がある事だし、しっかり考えないと。
そんな事を考えながら、僕はジュリウスとバーナンドさん、それから肩の上のレモンちゃんを連れてガレオールへと転移した。




