後日譚32.ロリエルフは自分の事には鈍い
世界樹ファマリーの根元に建てられている建物のうちの一つは別館と呼ばれていて、シズトの配偶者ではない奴隷や関係者が集団生活をしている。
最近では出産のために産婆やら侍女やら寝泊まりしていたのだが、それも一時的な事だった。
以前まで暮らしていたドワーフ親子は出産に関わる事で別館が慌ただしくなる前に出て行ってしまったので、以前と比べても静かになってしまっていた。
そんな別館の扉から出てきたのは小柄なエルフの少女だった。
金色の短い髪は後ろで結われていて、前髪は可愛らしい花のヘアピンでまとめられている。
耳はエルフらしく細長いが、体型はエルフらしくなかった。大人のエルフの女性と比べると明らかに身長が低いのだ。あと数年ほど経てば成人として扱われる年になるのだが、既に成長は止まってしまっていた。
それがコンプレックスになっているが、同じ境遇の男性からは好意を向けられていた。
彼女に好意を寄せているのはジュリーニというエルフの男性だった。
彼は既に成人として扱われる年齢になっているのにも関わらず、成長は途中で止まってしまっていつまで経っても子どもっぽい見た目のままだった。
エルフ族は不老長寿のため、ずっと若々しい見た目なのだが、それが子どもっぽさに拍車をかけていた。
彼はジューロが別館から出てくるタイミングに合わせて玄関の前に現れた。
「おはよう、ジューロ」
「おはようございます」
挨拶を返されただけでも幸せなジュリーニだったが、はにかんでもらえたらそれこそ天にも昇る気持ちなのだろう。口元がだらしなく緩んでいた。
それをジトッとした目で見ているのは、ジューロに続いて建物から出てきた小柄なエルフの女の子だった。
彼女の名はリーヴィア。トネリコ出身のエルフの女の子だ。シズトによって保護されているため扱いとしては『客人』のため、首には奴隷の証は着けていない。
こちらはジューロやジュリーニと違ってまだまだ成長期の真っ只中だ。百歳になる頃にはエルフの標準的な体型になっていても不思議ではない。
そうなってしまったら気持ちも移ろうだろう。
だからジュリーニはリーヴィアに好かれていると分かっていても敢えてそれに気づかないふりをしていた。
「リーヴィアちゃんもおはよう」
「お、おはようジューロ」
「あ、リーヴィアもいたんだ」
「いたわよ、さっきから!」
「ふーん。それより、ジューロは今日何すんの? 魔道具の実験だったら付き合うよ」
「お仕事は良いの?」
「問題ないよ。身辺警護はしばらくしなくていいって言われたし、シグニール大陸を旅するのもしばらくお休みだって言われたから。それに俺だったら他の事してても魔力探知はできるしね」
「そっか。じゃあ、リーヴィアちゃんと一緒にお手伝いしてもらおうかな」
ジューロはリーヴィアの想いに気付いていた。というか、バレていないと思っているのはリーヴィアだけである。
彼女の恋が成就するようにサポートしてあげよう、というのが別館に住んでいる人族の少女アンジェラとジューロが決めた事だった。
リーヴィアはしょうがないわね、と言いつつも口角は上がっていた。
「まずは日課のお祈りよね。ほら、ジュリーニ。お供え物を取りに行くわよ」
「一人で行けよ」
「はぁ? 女の子に重たいもの持たせるつもり?」
「アイテムバッグを借りて持って来ればいいだろ」
「アイテムバッグは高価な物だからそういう事に使わない方が良いと思うよ? 本館は今ピリピリしてるだろうし、リーヴィアちゃん一人だと心細いんだよ。ジュリーニくんならよく出入りしてるだろうし慣れてるでしょ?」
「…………まあね」
「私からもお願い。一緒に行ってあげて?」
好きな女の子から上目遣いで頼みごとをされて断れる男はいるのだろうか。少なくともジュリーニは断る事が出来ないようだった。
「しょうがないな。ほらリーヴィア、さっさと取りに行くぞ」
「最初っからそういえばいいのよ」
言い合いをしながら本館へと向かって行く二人を見送って、ジューロは再び歩き出した。
彼女が向かう先には祠があった。しっかりと手入れされていて汚れ一つない綺麗な祠だ。
その祠には三柱の神様の像が祀られていて、それらの背後から光が差している。
騒がしい二人が帰ってくるまでは静かにお祈りでもしていようと考えたジューロは、両膝を地に着けて祈りを捧げ始めた。
その様子を普段だったらドライアドたちが見ているのだが、最近は他の事が気になっているのか寄って来ない。
二人が来るまでは静かに祈りを捧げられそうだ、と思いながらジューロはしばらくの間祈り続けるのだった。




