後日譚31.ドワーフは注目を集めた
ドラゴニア王国随一の鍛冶師といえばだれか、と問われれば鍛冶師の誰もが「それは彼だ」と答えるドワーフの男がいた。
その男の名はドフリック。その腕は確かでミスリルなどの希少金属を扱わせたら右に出る者はいない、とまで言われている。
ドラゴニア王国の王侯貴族の中では知らぬ者はいないその男は、ファマリアという世界樹の周りにできた町ではただの飲んだくれとして町の子たちには有名だった。
ファマリアにも一定数工房を構えたドワーフたちがいるが、彼らはしっかりと働いている。
一方でドフリックはというと、そのドワーフたちよりも上の立場っぽい言動をするのに日がな一日、酒場で飲んだくれていた。
それを娘のドロミーというドワーフ族の少女が引き取りに来るのが日課だった。
代金を払うのはもちろんドロミーだ。
「パパン、やっぱりシズト様の所に身を寄せていた方が良かったんじゃない?」
「親方と呼べ。シズトのとこはこの前赤子が生まれたばかりじゃろ? ワシに構っている暇はないじゃろうし、そもそもあそこにいても仕事はないから出るしかなかったんじゃ」
「ママンの所に身を寄せても結局仕事はないよ、パパン」
「親方と呼べ」
ドロミーに足を掴まれて引き摺られているのを、奴隷の首輪を着けた者たちが「ああ、またか」と言った感じで見ていた。
ドフリックとドロミーは世界樹の根元に建てられた建物の一つで暮らしていたのだが、ドフリックが突然「ドリアデラの元へ行くぞ」と言って屋敷を飛び出してしまったのだ。
ただ、その後の事を聞くとドロミーもその行動に納得した。
ドフリックたちが別館を後にした数日後、出産間近となったタイミングで侍女やら産婆やらが別館で寝泊まりするようになったのだ。
確かにあの場に自分たちがいても部屋を潰してしまうだけで何もできない。
だからドフリックが突然部屋を出たのにも納得した……のだが、部屋を出て数日後からは町で飲み歩くようになってしまったので、やっぱり向こうで管理しておいてもらった方が良かったような気もするドロミーだった。
ドフリック、というよりもドフリック一家の工房は、ファマリアの町にあるどこの鍛冶場よりも大きくて立派だった。希少金属をふんだんに使い、なおかつ魔道具を活用した最新式の炉がある。シズトが加護を返還したため、しばらくはこれ以上の炉が作られる事はないだろう。
建物の道路に面した場所はドフリックの息子たちが作り上げた逸品が並べられており、商人たちに混じって奴隷の首輪を着けた者たちもしげしげと眺めていた。
店番をしているのは人族の少女たちだった。品物を整理整頓しているのはまだ大人になっていない小柄な女の子たちで、客に説明などをしているのは知的な雰囲気が漂う大人の女性たちだ。
本来であれば店番をするのはドワーフの女性なのだが、建物が大きい分、店の規模も大きくなってしまって一人で見る事ができないから、と町の奴隷を派遣してもらっているようだ。
「お帰りなさいませ、ドロミー様」
「様は要らない」
ドロミーは端的にそう言うとドフリックを引き摺りながら建物の奥へと進んでいく。
ドロミーに挨拶をした奴隷たちは、視線を足元に向けて「ああ、ドフリック様もいらしたんですね」と言ったが、彼はただの飲んだくれと認識されつつあるので挨拶は適当だった。
店の奥の方は工房となっていて、彼女の兄たちが仕事をしている。その手伝いをしながら熱心に作業を観察しているのは首輪を着けた子どもたちだ。
「ママン、パパン捕まえてきた」
「お母様とお呼び!」
「親方と呼べ」
「アンタは親方と呼ばれるほどの事をしてからいいな!」
「うっさいのう。小童どもがわらわらいて作業する場もないから仕方ないじゃろ」
「子どもたちを言い訳にするんじゃないよ! アンタと違ってとっても働き者なんだから!」
「うるさいのぅ。そもそも、坊主共で仕事が回っておるんじゃろ? ワシがやる必要ないじゃろ」
「それはアンタがいつもいないからできるようになっただけだよ。アンタがいればもっと楽に仕事出来てるさ!」
「いやいや、坊主共の成長を促すためにもワシは今後も手を出さんぞい。……弟子の成長を見守っている訳じゃし、これは親方じゃな。ドロミー、親方と呼べ……って、聞いておるのか?」
ドロミーはいつもの二人の言い争いをスルーして、今日届いた手紙の山を確認し始めていた。
依頼の管理なども全部ドワーフの女の仕事だったからだ。
「パパン、ママン。いくつかパパンに仕事の依頼が来てるみたい」
「親方と呼べと言っとるじゃろ」
「お母様とお呼び」
呼び方の訂正は同時だったが、ドロミーは気にした様子もなく、手紙の山から選別した物を両手に持って扇のように広げていた。
そのほとんどがドフリック宛で、希少金属を使った物の作成依頼だった。
「ドロミーが頑張ったおかげ」
世界樹ファマリーの根元にある建物で生活していた頃、ドロミーは文字と共に手紙の書き方を習っていた。
いつか役立つ時も来るだろう、と思って勉強していた彼女は、今が頑張り時だと数日前からせっせと書いて遊んで得たコネを使って各国に送っていたのだ。
転移陣や転移門の影響で遠く離れた遠方にもすぐに手紙を送る事ができるようになった結果、大量に仕事が舞い込んでいるわけだが……ドフリックは手紙をドロミーから受け取って読み進めると露骨に嫌そうな顔になった。
「剣、盾、鎧……どれもこれもありきたりでつまらん仕事じゃな。坊主共の練習には丁度いいじゃろ。ワシは酒を飲んで寝る」
「アンタ宛に依頼が来てるんだからアンタがやるんだよ!」
「面倒臭いのう……。じゃが、しなかったらドロミーの名に泥を塗るわけになるか……。ドロミー、次からはワシの工房に依頼が来るように手紙を書くんじゃぞ。そうじゃないといつまで経っても坊主共は半人前じゃからな」
「分かった、親方」
「親方と呼べ」
「呼んだ」
「……そうじゃったか?」
はて、どうだったかのう? と立ち上がったドフリックは首を傾げながら空いていた作業スペースに向かう。
ドフリックが作業の準備を始めたのを見て、坊主共と呼ばれていた彼の息子たちは手を止めて彼の作業場に集まる。
「作業やめちゃうんですか?」
奴隷の一人がそう尋ねると、ドフリックの息子たちが口をそろえて「技を盗む数少ない機会だからな」と答えた。
その日、ドフリックの工房には他所の工房からもドワーフが押し寄せて作業場が大変混雑したという。




