後日譚28.船長たちは辿り着いた
シグニール大陸の中でも交易が盛んな国である海洋国家ガレオールは、転移門の影響でさらに商業が発達していた。
ただ、今までと違うのは陸路も海路も使わない新たな交易ルートができたため、首都以外の街の経済に少なくない影響が出ている事だろう。
そのためランチェッタは国営の交易団を創設し、今まで使っていた陸路を回らせていた。
海路に関しては近隣の海の底にある魚人の国アトランティアとの関係悪化と、自国の経済にあまり影響がなかった事もあり、保留にされていた。
だが、アトランティア側からの陳情により、新たな交易ルートの開拓、という事で国営の交易船団が創設された。
その交易船団のリーダーは、女王の夫であり異世界転移者でもあるシズトという少年に雇われたガレオールの海の男キャプテン・バーナンドだ。
立派な髭と大きな帽子がトレードマークの彼は、今自分で舵輪を操作し、大海原を突き進んでいた。
魚人族とのトラブルはほとんどなく、魔物の襲撃は何度かあったが魚人族と船員たちの活躍によって船が沈む事はなかった。
また、船はシズトが以前作った動力を使って進む魔動船だった。
風の影響もなく、昼も夜も関係なく走り続ける事ができる規格外の船のおかげで予定よりも大幅に時間を短縮して到着できそうだった。
ただ、護衛としてついて来ていた魚人族の体力の関係で時折速度を緩めていたのでそこまで大きな時間短縮はできないだろう、とキャプテン・バーナンドは考えていた。
航海はとても順調に進んでいる。ただ、問題が何一つない訳ではなかった。
「キャプテーン、また小さな子どもを見たってやつが現われたんですけど、どうしますかぁ?」
またか、とバーナンドはため息を吐いた。
ホームシックになってしまったのか、時折こうして小さな子どもを見た、と証言する物がいた。
ガレオール人の中でも心が強いと言われている異大陸を目指す海の男が情けない、とバーナンドは嘆くが、嘆いているだけでは解決しないので指示を出した。
「一日くらい休ませておけ。そうしたら気持ちも回復するだろ」
「わっかりやした~」
恒例の事となりつつあるので命じられた船員たちも特に文句を言う事はない。
というか、従来通りに船員を用意していたのだが、魔動船なので帆を張る必要がなく、風がない日にオールを漕ぐ必要もないので人員過剰状態だった。多少休ませたところで問題ないのだ。
ただ、一人だけ休みが増えるのは不公平感が出てしまうので、シフト調整をする、という事になっていた。
「この船のせいでいろいろ仕事が無くなっちまったけど、人員に余裕ができたから結果的には良かったな。坊主には頭が上がらないぜ」
「キャプテーン。シズト様の事を坊主って言うのはいい加減辞めたらどうっすか~?」
「うるせぇなぁ。坊主が別に気にしてないって言うから別にいいだろ」
「護衛として同乗しているエルフの方々の視線が怖いんすよ~」
「視線だけで害はねぇだろ。海の男なんだから細かい事は気にすんな!」
「いつか寝込みを襲われても知らないっすからね~」
船首の方で見張りをしていたエルフたちの険しい視線が彼らのリーダーに向かっている事を船員たちは心配しているのだが、結局航海中にバーナンドが襲われる事はなかった。
バーナンドたちは長い航海を終えて目的地の一つであるアドヴァン大陸に辿り着いた。
バーナンドたちを迎え入れたのは、アドヴァン大陸の最北端にある国サンレーヌだ。
もう一つの大陸であるタルガリア大陸や、海の底にある魚人の国ジーランディーとの交易が盛んな国だ。
南には魔物たちがひしめく山が連なっていて、比較的安全に通れるのは一カ所だけだった。
そのため、そこを重点的に守りつつ、海軍の強化をしていたため、他の国々から侵略戦争を仕掛けられる事は少ない平和な国だった。
「同じ商業が盛んな国でも、俺たちの国とはだいぶ違う見たいっすね」
「みたいだなぁ」
ガレオールは南以外は魔物たちの領域に囲まれている。
南には都市国家トネリコがあったが、世界樹を擁するエルフの国々は他国への侵略戦争をする事がなかったので、対魔物の防衛策を考えるだけでよかった。
その分浮いた軍事費はすべて経済に充てていたのであれだけ商業が発達していたのだろう。
「キャプテン、荷下ろし完了しましたぁ」
「すべての荷の中身を確認視野したけど、子どもなんていませんでしたぁ」
「船も徹底的に見て回ったけどいなかったっす」
「だよな」
「いやいやいや、ほんとに子どもがいるんすよ!」
「背丈はだいたい腰くらい……」
「いや、もうちょっと小さかっただろ」
一部の船員が抗議するが、見つからなかった事実は変わらない。
バーナンドは心労が溜まっているのだろう、と街で遊んで来いと命じると、多くの船員が喜び街へと繰り出していった。で
魔動船に残ったのはバーナンドと、護衛として派遣されたエルフたち、それから商談をする役割を担っている身なりを整えた船員ぐらいだ。
「……でもまぁ、子どもが迷い込んでたら問題だろうし、自分の目で確かめるか」
そう言って踵を返したバーナンドは、荷物の中にあった植木鉢の近くに突然現れた小柄な人影に気付く事もなく船に戻っていった。




