後日譚22.事なかれ主義者は顔に出さないように気を付けた
部屋の前の廊下でリヴァイさんと一緒にそわそわウロウロしていると、「陣痛が始まった」と慌ただしくなった。
何かできる事はないかとアイテムバッグの中を漁ってあれやこれや出していたら、リヴァイさんを叱ったパールさんにそっと手を止められた。
「気持ちは分かるわ。でも、こういう時こそ落ち着いて過ごす事が大事よ。とりあえず、必要な物は十分すぎるほど準備してあるから何も要らないわ。片付けなさい」
「あ、はい」
笑みを浮かべていたけど有無を言わさない雰囲気を感じたので、せっせと床に広がったアイテムバッグの肥やしを再びアイテムバッグに戻していく。
全て片付け終わったところで、いつの間にかどこかへ行っていたらしいパールさんが廊下を歩いて戻ってきていた。その後ろにはネグリジェ姿のホムラがいる。今日は関係のない人が複数人いるので、いつものスケスケの奴ではなく可愛らしい感じのものを着ていた。
……なんか後ろ手に持ってませんかね?
「陣痛が始まったと言ってもまだまだ先は長いわ。私も加護を授かっていたガントを出産した時はそうだったから。だから、産まれたらすぐに会えるように、今は寝ておくべきだと思うの」
「な、なるほど? それで、どうしてホムラさんはじりじりと寄ってきてるのか聞いてもいいかな?」
「特に他意はありません、マスター。お部屋でお休みしましょう」
「いやいや、ここに簡易ベッドか寝袋でも用意して仮眠を取ればいいかなって」
「貴方の部屋はこの向かい側の所でしょう? 大して変わらないわよ」
「パールさんはご存じないかもしれませんが、僕の部屋は遮音結界っていう魔道具の影響で外と中双方の音が通らなくなってるんです。レヴィさんの部屋もそうですけど、今みたいに誰かが出てきたら分かりますし、ここで寝ようかなって」
「だめよ。部屋に戻って眠りなさい」
「さあ、マスター。一緒にお布団に入りましょう」
「いやいやいや、入らないからね! 絶対ここにいるから!」
断固たる決意をもってここに居座ると今決めた!
確かアイテムバッグの中に組み立て式のベッドみたいなのがあった気がする。
何で作ったんだったか忘れたけど……外で快適な日向ぼっこをするためだっただろうか。
「はぁ。やっぱりこうなったわね。ホムラ、任せたわ」
「言われるまでもありません」
スチャッと昼寝用の安眠カバーを胸の前に構えたホムラから逃げ切れるわけがないのは分かっている。それでも、抵抗したけど無駄だった。
目が覚めるとホムラが僕の隣に横たわっている。神秘的な印象を感じる紫色の瞳は僕をジッと見ていた。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、ホムラ。念のため聞くけど、もう産まれているとかないよね?」
もしそうだったらしばらく口を利かないぞ。
「大丈夫です、マスター。慌ただしく部屋を出入りする者が増えましたが、レヴィア様は変わらずベッドで横になっています」
「そう……。あれ、そういえばレモンちゃんは?」
「マスターをベッドに運んだ後、外に出しておきました。それよりも、この後はいかがなさいますか、マスター?」
「いかがなさいますかって、食事以外ないけど?」
「その割にはお元気のようですが?」
チラッと意味深な視線を向けるホムラ。
掛布団がかかっていない事に加えて、パンツ一丁で寝ていた事に気付いて、慌てて掛布団を手繰り寄せてホムラに出て行くように促す。
「昨日はできませんでしたから、そういう事がしたい、とお考えなのかと愚考しました、マスター」
「ただの朝の生理現象だから! 着替えるから出て行って!」
「かしこまりました、マスター」
ホムラはぺこりと頭を下げると、自室で着替えるためにレヴィさんの部屋がある反対側の扉から出て行った。
僕は扉が閉まる音を聞いてから布団から這い出て手早く着替えを済ませた。
パンツ一丁にするくらいだったら寝間着まで着せて欲しいな、って思うあたりだいぶこの生活にも慣れてきてしまっているんだろうなぁ、なんて事を思いつつレヴィさんの部屋の方の扉から出るとリヴァイさんとパールさんがいた。
「よく眠れたかしら?」
「おかげ様で……」
恨みがましくパールさんを見たけど、彼女は僕の視線を意図的に無視しているようで、どこかからか持ってきた椅子に座って読書をしていた。
「いつ頃産まれそうなんですかね?」
保健の授業で何となくの知識はあるけれど、こういう事は経験者に聞くのが早い。
そう思ってパールさんの隣に立って問いかけると、彼女はその薄い赤色の目を僕に向け、それから首を傾げた。
「そうね。経験則でいうと、お昼ごろかしら」
「そんなにかかるんですか!?」
「そういうものよ。痛みの感覚が短くなってきているみたいだけど、それでもまだ産まれるまで時間がかかりそうね」
そういう物なのか。
産婆さんたちものんびりとしているとの事だったし、リヴァイさんとパールさんは交代で食事をするという事だったので僕も早めにご飯を食べておこう。
ただ、その前に一度顔は見ておきたいと思って、部屋の入り口で待機していたベテランの産婆さんにレヴィさんに顔を見せてもいいかと問いかけると「不安そうな雰囲気を出さない事」を条件に許可してもらった。
そっと部屋の扉を開いて中を覗くと部屋の中には姫花を含むたくさんの人が待機していてレヴィさんは痛みに耐えている真っ最中だったようだった。
その様子を見ると何か自分出来ないか、という焦りと大丈夫かなという不安が胸に押し寄せるけど、ベテランの産婆さんがじろりと僕を見ているのでそれをグッと抑え込む。
「おはよう、レヴィさん」
「……おはようですわ、シズト。今から……ご飯ですわ?」
「うん。レヴィさんも何か食べる?」
「大丈夫ですわ。至れり尽くせりの、環境なのですわ~」
セシリアさんだけではなく、普段いない綺麗な侍女たちもたくさん壁際に控えているから身の回りの事はだいたいしてもらえそうだ。
無理をしないでね、なんて声を掛けそうになってそれは違うと思い言葉を飲み込む。
「すぐ戻るね」
それだけ言って扉をそっと閉める。
チラッとベテランの産婆さんを見ると、どうやら及第点だったようだ。
何も言われなかったので僕はとりあえず早足で食堂へと向かった。




