後日譚21.事なかれ主義者は一緒に追い出された
僕の誕生日を祝うため、ファマリアで二週間ほど続いた祭りが終わって一ヵ月とちょっとが経った。
キャプテン・バーナンドさん率いる国営の大陸間交易船が出発するのを見送ったり、生育の加護を授かったギュスタン様をそれぞれの世界樹に案内をしたりした。
ギュスタン様の反応を見て、改めてファマリーの根元で丸まって寝ている事が多い白い毛玉――じゃなくてフェンリルとか、イルミンスールで同じくうたたねをしている事が多い焼肉大好きドラゴンが規格外な存在なんだな、と自覚した。
ユグドラシルに住み着いた真っ白なグリフォンにはそこまで大きな驚きを見せなかったのは、もう慣れてしまったのか、他の二体と比較するとまだ珍しくない存在だからか謎だ。
単純にこちらに配慮して一定の距離を保ってくれているから、というのもあるのかもしれない。フソーの枝の上の方にいる事が多い梟にもそこまで大きな驚きを示さずに「ああ、見た事がある」と呟いただけだったし。
後の隙間時間は奥さんたちの様子が心配でついて回ってたんだけど、ラオさんには「鬱陶しい!」と追い払われてしまった。
ルウさん曰く照れ隠しだそうだ。
鬱陶しいと言いつつも、だいたい暇な時は魔力マシマシ飴を舐めながら僕の視界に入るところでのんびりしているので、そうかもしれない。まあ、僕の視界に入るところで過ごしているのは他の奥さんもそうなんだけど。
どうやら加護を返還してしまってからはより一層守るべき対象、と思われているようだ。
今までは万が一の事があっても【加工】で制圧できる、と思われていたらしい。
常に全員が僕の近くにいる訳じゃないから交代で見守ってくれているのだろうけど……ファマリーを囲う結界から出るつもりはないし、ちょっと心配しすぎじゃないかなぁ。
そんな事を思いながらのんびりと過ごしていたけど、とうとうあの日が来たようだ。
「ほんとに頼むよ? 万が一の事がないようにね」
「姫花以外にも【聖女】の加護持ちがいっぱいいるみたいだから、姫花がいなくてもいいんじゃない?」
ムスッとすねているのは同じ高校に通っていて、こっちの世界に一緒に転移してきた女子だ。名前を茶木姫花という。
どうやら自分だけが頼りにされているわけではないと知った彼女はさっきからご機嫌斜めになっていた。じゃあ帰れば? と言いたいところなんだけど、勇者の加護は別格らしいからキープしたい。
まあ、僕の気持ちは置いといて、そんな態度をしていると、彼女を手配していた人物が青筋を浮かべる事になるのだが……分かっているのだろうか。
「安心しなさい、婿殿。しっかりと仕事はさせるわ」
にっこりと笑顔を浮かべてそう言ってくれたのは姫花を雇ったパールさんだ。本名はパール・フォン・ドラゴニアといって、ドラゴニア王国の王妃であり、僕の義母でもある。そして、明日出産予定日のレヴィさんのお母さんだ。
彼女はそっと姫花の耳に顔を近づけて何事か呟いた。
見る見るうちに姫花の顔が青ざめて行くのが気になったが、これは僕が聞かない方が良い事な気がする。
二人から離れて、姫花と同じ加護を持った女性たちに「よろしくお願いします」と頭を下げて回った。
「微力ながらも全力でサポートしますからご安心ください」
「お腹の御子様は加護を授かっているそうですね。産婆さんたちは安産だろうと言っているので安心してお待ちください」
「勇者様ほどの力はない我々ですが、加護を使ってきた年月はこちらの方が上ですからね。彼女がいなくても大丈夫だと思いますよ。何より、エリクサーも常備されている環境で万が一なんて起きませんから」
僕を安心させるためか分からないけど、ニコニコしながら聖女の加護を持った女性たちが口々に「大丈夫だ」と言ってくれる。
それでもやっぱり不安だし、落ち着かないのでとりあえずファマ様たちに祈りを捧げておこうと思って世界樹の根元に建てた祠に向かった。
お腹の中で加護を授かった子どもは出産予定日に生まれる事が殆どらしい。
それを経験則で知っている産婆さんが時間通りに転移門を通ってファマリーの根元にやってきた。
彼女たちを連れてきたのは僕の義父であり、この国の王でもあるリヴァイさんだ。本名はリヴァイ・フォン・ドラゴニアという。
日が変わる直前の真夜中にやってきたので寝ぼけ眼のドライアドたちに囲まれた産婆さんたちと国王陛下の視線が僕に向けられた。
「長くないか?」
「夜だから判別に時間がかかるんじゃないんですか?」
眠いだけかもしれないけど。
とりあえず、レヴィさんの事が心配なのでドライアドたちに土に還って眠るように促す。
レモンちゃんを肩車していたおかげか、すんなりという事を聞いてくれてそれぞれの寝ていた場所に戻っていった。ちなみにレモンちゃんは祈りを捧げていたら肩の上に乗ってきて、ずっとそこで寝息を立てている。
「レヴィさんは寝室にいます」
本当は僕の部屋でもよかったんだけど、自室がいいという彼女の希望に合わせてそうなった。
屋敷に入る前にレモンちゃんを下ろそうと思ったけど、普段彼女がどこで寝ているのか分からないのでそこら辺に放置するわけにもいかず、急いでもいたのでそのまま中に入った。寝ているから大丈夫だろう。
僕の後についてくる産婆さんたちとリヴァイさんと一緒に三階まで駆け上がって目的の部屋まで一気に向かった。
「待っていたわ。容体は安定しているけど、いつ始まってもおかしくないから交代で休憩を取りなさい」
「かしこまりました、王妃様」
産婆さんの中でも一番高齢っぽい女性が深く頭を下げると、その後ろについて来ていた女性たちも頭を下げた。
……あれ? リヴァイさんが連れてきたからてっきりリヴァイさんが命令を下すと思ったんだけど……。
そう思って視線を向けるとリヴァイさんは「仕事を終わらせるためにギリギリまで向こうにいただけだ」と言った。
……なるほど。
何はともあれ、これで準備万全なはずだ。
いつ陣痛が始まるかもわからないし、今日はレヴィさんの寝室で過ごそう――そう思ってレヴィさんの自室に入ったけど、しばらくしたら追い出された。
「そわそわしている男は邪魔だよ! 廊下で待ってな!」
「あ、はい」
産婆の中でもリーダー格っぽい老齢の女性に怒られたので、リヴァイさんと一緒に大人しくじっとしていよう。




