後日譚20.賢者はデートをした
シグニール大陸の勇者の一人である黒川明は、シズトの誕生日にファマリアで行われたクイズ大会の一般の部に出場していた。
一般の部の優勝賞金と、副賞として貰えるエリクサーに釣られての出場だったが、前世のシズトに関する事やこちらの世界の魔法に関する事などは問題なく答える事ができた。
また、暇な時間があればシグニール大陸にある各国の歴史や文化について調べていたので決勝戦まで残る事ができていた。
ただ、上には上がいる。ドタウィッチ出身の男性が早押しクイズで圧倒的な実力を示し、優勝する事は出来なかった。
どうやら男性もまた、知識の神から加護を授かった勇者の子孫だったらしい。
「惜しかったですね」
決勝戦に出場した者たちに渡される副賞を受け取って、会場から出てきた明を出迎えたのはスレンダーな体型の女性だった。
彼女の名前はカレン。明の護衛兼監視役としてドラン軍から派遣された兵士だった。
くすんだ金色の髪は動きやすさを重視しているのか短めに切り揃えられていて、青い目は若干つり目がちになっていて気の強そうな印象を与える。
背も明よりは高く、知的な美人という印象を周りに与えているが、普段背中に背負っているのは彼女に似合わなさそうなミスリル製の巨大ハンマーだ。
彼女は『怪力』の加護を授かっているので、荷物を持つ事に慣れているのか、明が持っていた荷物をさりげなく受け取ろうとした。
だが、それを明は断った。女性に持たせるわけにはいかないから、と。
カレンは引き下がる事はせず、アキラの隣に並ぶと一緒に世界樹ファマリーに向かって歩き始めた。
「決勝戦まで行くとたくさん副賞が貰えるんですね」
「そうみたいです。流石に優勝賞品のエリクサーほどではありませんでしたが……。あ、そういえば食事券もついて来たんですよ。ペアチケットのようなんですけど、良かったら一緒に行きますか?」
「私とですか?」
「はい。姫花や陽太と行くような場所ではないみたいなので」
「分かりました。今日行くんですか?」
「流石にお互い冒険用の格好だとアレですし……明日以降にしましょう」
「分かりました」
そんなやり取りがあった数日後、二人は再び転移陣を使ってドランからファマリアにやってきていた。
明もカレンも、いつもの冒険をする時の格好ではなく、それ相応のおしゃれをしていた。
カレンは普段化粧っ気のない女性だが、薄く化粧をしているようだ。真っ白なブラウスにロングスカートを着ていて知的な印象をさらに高めている。普段身に着ける事はないアクセサリーも首元に着けていて、靴はヒールの低い白色の物を履いていた。
「これから行く予定の場所はドレスコードのような物はないと仰っていましたが、本当にこのような格好で大丈夫なんですか? 私服を着る機会がなかったので、ファマリアで新しく買ったんですけど……」
「大丈夫だと思いますよ。僕もこんな格好ですし」
明はというと、真っ白なカッターシャツのような服の上からカーディガンを着ていた。下は黒色の長ズボンを履いている。彼もまたオシャレはあまり興味がなかったので、前世の制服に近いコーディネートが無難だろう、とファマリアで見繕っていた。
本当は学ランのような物が良かったのだが、先日行われたクイズ大会以降、なぜか学ランに似た服は飛ぶように売れていて品薄状態だったので買う事が出来なかった。
「似合ってますよ」
「それは男である僕が言うセリフだと思いますが」
「男とか女とか軍隊の中では関係ありませんから」
「なるほど。カレンさんが女性から人気があった、とラックさんが仰っていましたけど、確かにモテそうですね」
「女性にモテても嬉しくはないですけどね。それよりも、早く行かなくて大丈夫なんですか? クイズ大会以降、長蛇の列がさらに長くなっていると聞きましたが……」
「大丈夫だと思いますよ。副賞でもらえた権利はVIP席での食事券でしたから」
クイズ大会の決勝戦出場者にはいくつか副賞が用意されていた。決勝戦まで進んだという事はそれ相応の知識を持っていると判断され、今後生まれてくるであろうシズトの子どもの教育係候補となっている。
そんな彼らを引き留めるために様々な副賞がエルフとホムンクルスによって用意されていた。
「いくつかあったんですよね? どこから向かうんですか?」
「そうですね。まずは外縁区にあるバーに行きましょう。この時間であれば空いているでしょうから」
まだ昼にもなっていない時間だ。そもそもやっていないのではないか、と疑問に思うカレンだったが、下調べをしていた明は大丈夫だと言って彼女とともに歩き始めた。
カレンは明と話をしながら彼の歩調に合わせてゆっくりと歩いた。
「ここのようですね」
外縁区まで徒歩で移動していたため結構時間がかかってしまったが、列はまだ少ない方だった。
大人向けのバーのはずなのに、明らかに成人していないであろう町の子たちが並んでいる事に明は疑問を持ったが、ひとまず店の出入り口まで歩いて行く。
列に並んでいる子たちの視線が明に集中したが、彼は何食わぬ顔で店の中に入ると、近寄ってきた店員に副賞として貰ったチケットを差し出した。
「アキラ様ですね。お待ちしておりました。こちらへどうぞ」
二人が案内されたのは一番奥の席だった。他の席は満席だったが、そこだけ『予約席』と書かれた札が置かれていた。
明は一人用の椅子に腰かけ、カレンはソファーに促されたのでそこに座った。
「ここは過去の勇者直伝のカクテルもあるそうです。カレンさんはお酒は強い方ですか?」
「そうですね。隊の中だと上位の方だったと思います」
「そうですか。今回は好きなだけ飲食していいという事だったのでお好きなだけ飲んでください」
「職務中なので遠慮します。アキラは私の事を気にせず飲んでください」
「いや、僕も遠慮しておきます。まだ前世では未成年ですから。今回はお互い食事を楽しむだけにしましょうか」
そう言って明はメニューを開き――吹き出した。
「どうしたんですか?」
「い、いえ……ここもやっぱりシズト推しなんだな、と」
メニューには『シズト様が太鼓判を押した』とか、『シズト様がお召し上がりになった』とかいろいろ書かれている。中にはシズト要素はどこにあるのか聞きたい『シズトセット』とかいう物もあった。
「そんな事より……ノンアルコールのカクテルもあるようですし、とりあえずこれで乾杯しましょうか。これなら職務中でも問題ないですよね」
「……そうですね」
気を取り直した明は一番人気のノンアルコールのカクテルを二つ頼んだ。
その後、二人は羽目を外す事もなく、今後の事の話をしながら食事をするのだった。




