後日譚19.船長たちは新天地に向かった
シグニール大陸の南西に位置する所にガレオールという国があった。
北には魔物が砂の中から突然現れる砂漠があり、東には『魔の森』と呼ばれる魔物の巣窟がある。西は海が広がっているが、沖に行けば行くほど、巨大な魔物が生息していた。
唯一安全なのは南だが、南には都市国家トネリコというエルフの国があったが、今代になるまでは商売以外ではあまり関わりがなかった。
そんな魔物の領域に囲まれている状態のガレオールで商業が盛んだったのは、世界樹があるトネリコという国との関わりがあっただけではなく、近海の海の底にある魚人の国アトランティアがあったおかげだろう。
アトランティアで暮らす魚人たちが護衛をしてくれるおかげで沖に漁に出る事も出来たし、危険は伴うが海路で交易をするという選択肢もあった。
また、大陸間の交易を開拓できたのも、魚人の国のおかげだった。
そんな状態だったため、魚人の国の住人たちが「自分たちは優れている人種だ」と思いあがっても仕方がない部分もあったのかもしれない。
上層部でさえその様に考える者が一定数いたので、魚人の国の王が頭を抱える事が多かったそうだ。
ただ、それも今代の女王になってからは激変してしまった。
女王の夫となった人物が加護を用いて『転移門』と呼ばれる魔道具を作り、新たな交易ルートを開拓してしまったからだ。
当然、魚人の国では護衛を生業としていた者たちの中でその大半が失業する事になってしまった。
ただ、ガレオールもまた、今まで船を操舵して生活していた者たちの仕事が無くなってしまっていた。
転職をしたり、異大陸で働く事を選んだりする者もいる中で、一部の船乗りは王家に召し抱えられ、女王直属の交易船の船乗りとして働く事になった。キャプテン・バーナンドと呼ばれる男もその内の一人だった。
立派な髭と帽子をトレードマークの彼の肌は、こんがりと焼けた様な色をしている。それがガレオール人特有の肌の色だった。
そんな彼の前にいるのは、バーナンドからしてみると小柄な童顔の少年だった。
彼とは異なり、肌は日に焼けた事がない様子だったが、勇者特有の色をしている。
最近新しくできたビッグマーケットと呼ばれる市場の影響で、黒い髪に黒い瞳は町を探せばすぐに見つけられるくらい珍しくはなくなってきているが、周囲の者たちの視線は彼に集まっていた。
「ちょっと大変だろうけど、頑張って、バーナードさん。なんかあったら携帯式転移陣で帰って来れると思うけど……もしかしたら距離的に帰れない可能性もあるし……」
「海に出る男はそのくらい全員覚悟の上だ! お前さんが気に止む事じゃねぇよ。それに、お前さんとこの精鋭を数人派遣してくれるんだろ?」
「あー、うん……そうだね。できれば彼らにも危ないから行って欲しくないんだけど……」
眉を下げてチラッと仮面をつけたエルフたちを見たのは、異世界転移者であるシズトという少年だ。
今日はエルフの国の代表という事で、真っ白な布地に金色の糸で蔦のような刺繍をされた服を着ている。
その隣には露出の多いドレスを着た子の国の女王ランチェッタ・ディ・ガレオールが立っていた。
お腹は傍から見ても大きく膨らんでいるのが分かる。
妊娠期間中でも、今回は関係の深かった隣国アトランティアが関係する事だったのでシズトに無理を言ってこの場にやってきていた。
「シズト、諦めなさい。海の男に危険を説いても無駄な事よ。あと、シズトに心酔しているエルフにも、ね」
自害しろと言えば何のためらいもなく自害するんじゃないかしら、なんて事を考えたランチェッタだったが、流石にそれは口には出さなかった。
「食料とか足りなくなる事はないかな?」
「アイテムバッグがあるから問題ないぜ。むしろ荷が空き過ぎたから、急いで追加の物を積み込んでいる所だ」
アイテムバッグに入らないような物や、動植物などの生きているもの入れられないので筋骨隆々の男たちが連携して追加で荷物を積み込んでいた。
「新しい航路を渡るって普段よりも危険な事なんでしょ? 加護があれば全力でサポートできたんだけどな……」
「大丈夫だって。ガレオールの男はそんなやわじゃねぇから、ちょっと知らない魔物に襲われたところで何ともねぇさ。俺たちの雇い主は心配性だなぁ」
バーナンドはその大きな手の平でシズトの黒い髪を乱雑に撫でた。
その瞬間、周りのエルフたちが殺気立ったがシズトはされるがままになっていた。
「……やっぱり心配だし、アレを預けとこうかな。いいよね、ランチェッタさん」
「シズトが預けたいと思うのならいいんじゃないかしら。ラオも文句は言わないでしょ」
ランチェッタの許しが出た所で、シズトは肩から掛けていたポーチ型のアイテムバッグの中に手を突っ込んだ。
そして取り出したのは大きな魔石だった。
「随分ランクの高い魔石だなぁ。これも魔道具なのか?」
「そうだよ。『インスタントホムンクルス』って呼んでる魔道具だよ」
「ホム……?」
「いわゆる魔法生物を作る魔道具だよ。ホムラが言うには、これを作る時には水とか海の話をしていたって事だからそっち系が得意な子が生まれるはずだよ。知識とかが引き継がれるから、使うのは船長さんが良いと思う」
「ふーん……」
「あ、使う時は服を用意しといてね」
「服? まあ、用意しておけって言われたらするけどよ……」
バーナンドは魔法生物に服なんているのか疑問だったが、とりあえず新しい積み荷に衣類を追加する事にした。
魔道具さえ使わなければ、それもまた売り物にするつもりのようだ。
それから三十分後に準備が終わったようだ。バーナンドを乗せた船はシズトとランチェッタに見送られながら港を出発した。
操舵しながらバーナンドは見渡す限りの水平線を眺める。
「しばらくは荒れる事もなさそうだな」
心配性の雇い主のためにも無事に帰らなければ、と思いながら前だけを見ていた彼は、船室から出てきた乗組員たちの雑談を聞き流した。
「ほんとなんだって。小さな子どもが船に乗ってたんだって!」
「あれだけ探してもいなかったじゃないか」
「お前は国に子ども残してきたもんなぁ。変なのが見えちまっても仕方ねぇよ」
「酒飲んでとりあえず休んどけ」
「いや、マジで見たんだって!」
「視界の端にチラッとだろ? 視線を向けた瞬間いなくなってたとかあり得ねぇだろ」
「キャ~プテ~~~ン。ホームシックになってる奴がいるんで~酒飲んでいいっすか~」
話しかけられたバーナンドはやっと船員たちの方を見た。
眼光が鋭いバーナンドだったが、彼に睨まれるのは慣れている船員たちはヘラヘラとしている。
「お前らは酒が飲みたいだけだろ!」
「い~じゃないっすか~。心配性なシズト様が有り余るほどの食料やら飲料やら用意してくれてるし~」
「以前作ってもらった魔道具……『濾過サーバー』でしたっけ? それもあるから水には困らないじゃないっすか」
「船長、こいつらの事なんて放っておいて、子どもを探すの手伝ってくださいよ! 絶対乗ってるんですって!」
「だ~から、さっきも探しただろ! 絶対乗ってないって!」
「そんな事より酒飲みたい!」
もう隠す事すらやめた船員たちの酒飲みたいコールを鬱陶しがったバーナンドは「さっさと持ち場に戻れ!」と船員たちを怒鳴りつけるのだった。




