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後日譚15.王妃たちは夜更かしした

 シズトたちが転移したシグニール大陸の中でも有数の軍事力を誇るドラゴニア王国の王城にある執務室と呼ばれている部屋で、朝から晩まで仕事をし続けている女性がいた。

 その女性は元来鋭い目つきで怖い印象を持たれがちだったが、鬼気迫る表情で政務をこなしているため恐ろしさが倍以上になっていた。

 彼女の名はパール・フォン・ドラゴニア。顔の両側にある縦巻きロールが特徴的な女性だった。

 三児の母とは思えない程の美貌の持ち主で、肌はいつまでたっても若々しく、顔には皺ひとつない――のだが、最近は特に眉間に皺が寄っている事が多かった。


「パ、パールよ。そろそろ昼休憩の時間ではないか?」


 おっかなびっくり話しかけたのはパールの夫であり、ドラゴニア王国を統べる王リヴァイ・フォン・ドラゴニアだ。

 ドラゴニア王家特有の金色の髪に、青い瞳の彼は、中年太りしそうだったが魔道具『脂肪燃焼腹巻』のおかげで腹回りはどうにかキープする事ができているようだ。

 シズトと関わる前は鍛錬を欠かす事がなかったリヴァイだったが、最近は増加し続けている仕事と視察という名の遊びの時間のせいで鍛錬が疎かになりつつある。


「……そうですね。食事はここでします。手軽に食べられる物の用意はできてますか?」

「は、はい! できてます!」


 ジロリと視線を向けられて、壁に控えていた侍女は震えあがった。

 彼女は最近王宮勤めになったのだろう。別に怒っているわけではない、というのが分かるまでもうしばらく時間がかかりそうだ、と先輩侍女たちは後でフォローしなければ、と心に留め置きながら動き出していた。

 動き出した先輩たちを見て、これ幸いと「失礼します」と綺麗な礼をした後に部屋を後にした侍女を見るリヴァイの目は同情的だった。


「何か言いたい事があるのかしら?」

「いや、まぁなんというか……そう威圧的じゃなくてもいいんじゃないか?」

「貴方に足りない所を補っているだけよ。それよりも早く手を動かしなさい。最低でも一週間分の余裕を作っておきたいわ」

「分かっているが……もうすぐ婿殿の誕生日なんだぞ? そっちの準備もした方が良いんじゃないか?」

「そう言って出て行ったが最後、今日中に戻ってくる事はないのは知ってるわ。息子へのプレゼントの選別はもうすでに終わっているし、私はある程度の余裕があるから生誕祭に顔を出す予定よ」

「ちょっと待て、聞いてないぞ?」

「言ったわよ。あなたがドラン公爵と遊びに出かけている間に部下たちには」

「戻って来た時に伝えてくれても良かったじゃないか! 俺は何も準備もしてないぞ!? こうしちゃおれん。今すぐ飛んで行って何か見繕わない、と……? あ、はい。座ります」


 ガタッと椅子を倒す勢いで立ち上がったリヴァイだったが、パールの冷たい視線に気が付くと椅子を元に戻して静かに着席した。


「私は構わないのよ? 仕事が終わっていないあなたを置いて生誕祭に出ても。ええ、仕事が終わってなかったら縛り付けてでも置いて行きますとも。むしろ生誕祭に顔を出したらその場で確保してでも仕事をきっちりさせるわ。今回ばかりは貴方の尻ぬぐいで仕事に追われるわけにはいかないわ。どうしてかは分かるわよね?」

「はい、分かります。すみません」

「すまないと思っているのなら早く手を動かしてもらえるかしら?」

「はい、動かします」


 気を取り直して仕事に戻った二人の様子を警備の近衛兵は心を無にして見ていた。

 余計な事を考えるとまるで心を読んだのかと思うタイミングでパールに一睨みされるからだ。

 それから昼と夜の食事を軽く済ませつつ、書類仕事と謁見をこなしたパールとリヴァイだったが、夕食後はリヴァイは仕事をするのをやめてプレゼントの選定をしていた。


「ちなみに、パールは何を贈るつもりなんだ? 同じ物を渡すのは良くないと思うのだが……」

「大したものじゃないわ。エルフたちの秘薬をプレゼントするだけよ」

「秘薬というとあれか? 子宝に恵まれるっていう……よく手に入ったな」

「宝物庫にあったわ」

「…………そうか。だが、エルフが身近にいるからそういうのはもういくらでも手に入るんじゃないか?」

「…………それもそうね。これ、元の場所に戻しておいてもらえるかしら」


 控えていた近衛兵に懐から取り出した小瓶を預けると、パールは腕を組んだ。レヴィアとは違って胸は控えめなので強調される事はない。


「あの子って望めばだいたい手に入るから贈り物に困るわよね。消耗品だったらいいんじゃないかと思ったけど、そういえばエルフたちのトップの人間だったのを忘れていたわ」

「普通はエルフの国を治めるのはエルフだからな。何より、シズト殿は基本的に自分で何かする事はないし……忘れていても仕方がない。という事で、いっその事義両親からのまとめてのプレゼントという事にしないか? ほら、二人からそれぞれ高価な物を受け取ったらプレッシャーを感じると思うんだ」

「それもそうね。そうしましょう。貴方は何が良いと思うのかしら?」


 パールは席を立つと、リヴァイが座っていたソファーのすぐ隣に腰かけた。

 リヴァイはすぐに彼女の肩に手を回し、空いている手で自身の顎を触っている。


「消え物は確かにありだと思うんだ。それでいて希少性が高く、シズト殿が持っていない物が望ましい。持っていたとしても、大量に手に入らない物が良いな」

「できればドラゴニア由来の物が良いわよね。他国からの使者が祝いの品を持参するだろうし……妥協で宝物庫にあった物にしたけれど」

「そうだな。となると、ある程度絞られてくるわけだが――」


 あれでもない、これでもないとリヴァイとパールは話し合った。

 結局、その日だけでは決まらなかったので、しばらくの間、夜遅くまで話をする夫婦の姿があったらしい。

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