後日譚14.元引きこもり王女は決めきれなかった
世界樹ファマリーをぐるりと囲うように作られた町ファマリアはいつも活気にあふれる街だったが、ここ一週間は特に賑やかだった。
なぜなら、この町――というよりもこの不毛の大地一帯を治めている領主の誕生日が近づいて来ているからだ。
色々あって領主は加護を失ってしまったという事は町の住民たちも、訪れる商人や観光客も知っていたが、今のところ自分たちの生活に大きな影響はなかったので特に気にしていなかった。
世界樹ファマリーもまだまだ元気な様子で枯れる兆候も全くない。
一時は商人の間で世界樹の素材を買い占めようとする動きもあったが、数日前に新しく『生育』の加護を授かった青年がグロッキーな状態になりながらも世界樹ファマリーの世話をし終えたので、そういう動きも現在は全くなくなっていた。
「今回もいろいろな大会が行われるらしいよ~」
「賞品はまたエリクサーなのかな? 私はそれ以外がいいんだけど」
「必要ないんだったら買取してくれるらしいよ? 商人とトラブルになると問題だから、ホムラ様限定らしいけど」
「お金かぁ。お金には困ってないしなぁ」
浮遊台車と呼ばれる魔道具で資材を運んでいる少女二人が話をしていた。
どうやら前年も行われたように、今年も大会が行われるようだ。
前年度よりもさらに多くの大会が行われる、という事で町の住民でもある奴隷たちはやる気に満ち溢れていた。
「どうせならシズト様のお近くで働けるようになりたいなぁ」
「難しいんじゃない? シズト様の奥方様たちの出産がもうそろそろじゃないかって話だったし、余計な人を入れないようにするんじゃないかなぁ」
町で暮らして働いている多くの奴隷の目標は、彼女たちの主であるシズトという少年の近くで働く事だった。近くで働けばそれだけ待遇もいいし、良い思いができる可能性もある、と話題だった。
ふわふわの真っ白な毛玉の上でお昼寝をしたり、毛玉のブラッシングをした時に手に入る毛が高値で売れたり、シズトと少しだけ会話をしたりする事だってできる。
殆ど可能性はゼロに近いが、お手付きになる事だってあるかもしれない、なんて思う者もいた。
まあ、そういう奴隷はシズトの側付きどころか、世界樹を囲う結界の内側に入る事さえ許されないのだが、彼女たちが知る事はないだろう。
「なになに、何の話?」
「なんか面白い事?」
同じ方向に向かって資材を運搬していた少女たちが話に加わった。
「今度の大会の事だよ。賞品は何が良いかなって」
「あれ、もうエントリー始まってたっけ?」
「まだだよ。何が行われるか、明日発表があるはずだし、それからじゃない?」
「なーんだ。っていうか、どんな事をするのか分からないのにちょっと気が早すぎない?」
「別にいいでしょ? 奴隷でも、夢くらい見てもいいでしょ」
「まあそうだけど。そういう事は世間一般的な奴隷の扱いをされている人が言う事であって、私たちが言う事ではないと思うよ」
「それな~。奴隷になる前よりもいい生活してるもんね~」
「口減らしにあってよかったぁ」
「口減らしって……あんたドラゴニア出身じゃないの?」
「いや、違うよ。エンジェリアの方の村からこっちに運ばれてきたんだよ。向こうじゃ買い手がつかなかったから」
そばかす交じりの少女は苦笑を浮かべた。
ただ「美人だったら今頃どこかの貴族の奴隷になって大変な思いをしてただろうね」と付け加えた。
彼女に同意するのは他の三人だ。彼女たちもまた、売れ残った側の人間だった。
最近のファマリアはそうでもないが、初期の頃は費用節約のために値段が低い奴隷を優先的に買っていたため買い手がつかない見た目が地味な者たちばかり買われていた。
最近は知識奴隷や愛玩奴隷、戦闘奴隷も売りに来る奴隷商人がいるが、奴隷購入に限らず、商売を任されているホムラとユキの目に留まった者しか買われていない。
自分たちは幸運だった、と改めて実感しつつもそれはそれ、これはこれ。賞品はどんな物がいいか話ながら資材を運ぶ少女たちだった。
そんな様子を物陰から仮面をつけたエルフが見ていて、何やらメモをしているようだったが、だれも気付かなかった。
「――以上が町で話をしていた者たちの考えです」
「ありがとうなのですわ」
仮面をつけたエルフから報告を受けたのは、ドラゴニア王国の第一王女であり、シズトの第一夫人でもあるレヴィア・フォン・ドラゴニアだ。
あと二カ月ほどで予定日となる彼女は傍から見ても妊婦だと分かるほどお腹が膨らんでいる。
今はゆったりとしたワンピースを着ている彼女は、本当は自分が出向いて町で生活を営んでいる者たちが本心では何を望んているのか聞きたかったのだが、流石に今の状況を考慮して諦めて世界樹の番人に調査を命じていた。
それもこれもシズトの生誕祭に向けた準備のためだった。
今回もファマリアにある円形闘技場で大会を開催する予定だったが、シズトと結婚した一部の人間がさらに盛り上げようとあれもこれもとやる事を増やした結果、それぞれの賞品をどうするのかという問題が生じてしまった。
自分の蒔いた種は自分で刈らねばならぬのですわ、とレヴィアは賞品を選定する係に立候補した。
もうすぐ生まれるのではないかとそわそわしていたシズトには止められたが、幸いな事にお腹の中の子は加護を授かっているので生まれるタイミングも何事もなければほぼほぼ決まっている。
そう説得して、久しぶりの大仕事にやる気を漲らせていた。
「やっぱりというかなんというか、シズトのお嫁さんになりたい人が多いのですわね」
「まあ、それはそうでしょう。加護を返還したという点に関しては王侯貴族にしかマイナスになりませんから」
レヴィアのため息交じりの呟きに同意したのは、レヴィアの専属侍女であるセシリアだ。
普段通りメイド服を着た彼女は、書類の一つを手に取るとパラパラとめくって速読している。
「あの事もあるから、そういうのは無しですわ。同じ過ちは繰り返さないのですわ」
「心得ております。多くはありませんが、奴隷からの解放を望む者たちは一定数いるようですし、今後の待遇が変わらない事を保証したうえで、奴隷部門の賞品の一つにしてもいいかもしれませんね」
「……それだけだと奴隷から解放されるメリットがないですわ。何かしら待遇をよくする条件を設けておくのですわ」
「それがよろしいかと」
「シズトが神経質になっているから、ファマリーの根元で働きたいという要望は無しですわね」
「そうですね。ただ、クイズ大会の優勝者には家庭教師候補になる権利を与える、というのはありかもしれません」
「国内外からいろんな人物が来る事になる気がするのですけれど、大丈夫ですわ?」
「そこはレヴィア様の加護に頼らせていただきます」
「……まあ、それもそうですわね。候補であれば、余計な紐がついていたら落とせばいいだけですわ」
「産まれてくる子どもたちのためにも、優秀な人たちがやってくるといいですね」
「そうですわね」
レヴィアは同意すると再び書類に目を戻した。
その後も賞品を選定する彼女たちだったが、数日後、考えが偏るといけないからと他の奥さんたちも巻き込むことになるのだった。




