後日譚13.道楽息子は慣れるまで時間がかかりそう
クレストラ大陸の中央にある『魔の山』と呼ばれる魔境の南には、ファルニルという農業が盛んな国があった。
そんな国の侯爵家に生まれたギュスタン・ド・アリーズは、弟や妹と違って加護を授かっておらず、剣術や魔術の才能もなく、外交官である父の息子なのに交渉も下手だった。
性格が温厚で相手を思いやる優しい心の持ち主だったから戦う事を忌避し、有利な交渉をするために話をする事も苦手だったのだろう。
貴族の責務やら何やらは加護を授かり、尚且つ才能にもあふれている弟や妹に丸投げし、自分は食道楽をしていた。
ひょんな事からやんごとなき御方と関わる事になり、友のような感じで話されるのでなぜか周りからの見る目が変わってきているが、彼自身は特に何も変わっていなかった。
慣れない社交の場に出る事無く、親から与えられた土地で農作業をする事ができればそれでいいと常々思っている。
ただ、人生はままならないものだという事はここ一年ほどで痛感していた。
「まさか、お兄様に加護が授けられるなんて思いもしませんでした。まだ家督は譲られてませんし、侯爵家はお兄様が継ぎますか?」
「いやいやいや! そういうタイプじゃないってジェロランが一番わかっているだろう!?」
縦にも横にも大きなギュスタンと所々似ている青年は「まあ、そうですね」と言葉を濁した。
彼はジェロラン・ド・アリーズ。アリーズ侯爵家の次男で次期侯爵の予定の青年だった。
「それもここ最近話題の『生育』の加護なんて……どうしてギュスタン兄様が選ばれたのかしら?」
そう尋ねたのはギュスタンとジェロランの妹のジョゼット・ド・アリーズだ。
女性にしては背が高いが、ギュスタンとジェロランほどではない。胸の膨らみは控えめで、今話題の魔道具『育乳ブラ』を手に入れて使うべきか真剣に悩んでいる少女だ。
「考えられるとしたら……シズト様と懇意にしていたからか?」
「貴族令息なのに土いじりをしていたからかもしれないわ」
彼ら三人は、畑の近くにいつの間にか作られていた休憩所の机の一つを囲んで話をしていた。
それを遠巻きに領地の子どもたちが覗いていたのだが、中年の女性たちがやって来たかと思えば挨拶もそこそこに子どもたちを引き摺って離れて行った。
「体型もどことなく似てないか?」
「ジェロラン兄様、ファマ様に失礼でしょ」
ギュスタンはアハハと苦笑いをするだけでコメントは控えた。
自分の体型はだらしがないと思われても仕方がないほど横に大きい。
縦にも大きいが、社交界に出れば自分の体型を揶揄されるのはいつも避けられなかったので良くない事だと分かっていた。
ただ、もしもそのおかげで加護を授かる事ができたのなら価値観が少し変わるかもしれない。
なんて事を考えている間に二人の話は進んでいて、ギュスタンは弟と妹の会話を優しい眼差しで見守るのだった。
それからしばらくの間三人で話し込んでいたのだが、時間になったようだ。
近くに控えていた仮面をつけたエルフがギュスタンに近づいて来て「お時間です」と言った。
「教えてくれてありがとう。それじゃ、そろそろ行くから二人も頑張ってね」
「お兄様のせいで忙しくなったので、手の空いている時にでも手伝ってください」
「いやぁ、僕には外交は無理だよ」
「社交界に出てくれるだけでもいいのよ? ギュスタン兄様に縁談の話も舞い込んでいるみたいだし」
「そういうのも、しばらくは良いかなぁ。余計なトラブルに発展しそうだし」
とりあえず弟が家督を継ぐまでは避けた方が良いだろう、と考えつつも時間の問題だろうなぁ、と心の中でため息を吐いたギュスタンは、エルフに連れられて去っていった。
「まあ、ギュスタン兄様が仰るように、面倒事にはなるわよね」
「もう俺の方ではなってるよ」
「お疲れ様。そんなお疲れのジェロラン兄様には悪いんだけど、縁談の申し込みが大量に来てるから、選別をお願いしてもいいかしら?」
「ジョゼットの方で何とかしておいてくれない?」
「こういう家とのつながりの事は家長がする事よ。お父様にもしてもらうけど、家督を継ぐ予定のジェロラン兄様も見ておいた方が良いんじゃないかしら。義姉になる人なんだし」
「まあ、そうなんだけどさぁ……許嫁でもいれば楽だったのになぁ」
ジェロランとジョゼットは揃ってため息を吐いたが、ここで駄弁っていても状況は変わらないので仕事に戻る事にしたようだった。
弟と妹の二人と別れたギュスタンは、転移陣を使って世界樹フソーの根元に転移した後、シズトが使っていた大陸間を繋げている転移陣を使ってミスティア大陸にある世界樹の根元に連れて来られていた。
「新しい人間さん?」
「大きいね~」
「そうかなぁ」
「そうじゃないかなぁ」
ミスティア大陸にある世界樹イルミンスールの根元で暮らしているドライアドたちが彼を出迎えた。
出迎えた、というよりは見た事がない来客がやってきたから警戒したのかもしれない。
ただ、ギュスタンに加護がある事に気付くと「大丈夫そうだねぇ」と口々に言い合っている。
そして、一人が大きく口を開けて欠伸をすると、周りにいたドライアドたちにも伝染して大欠伸をしていく。
その欠伸はギュスタンにもうつったが何とか堪えている様だった。
「ここのドライアドは肌が緑色なんですね」
「はい」
端的にしか答えない仮面をつけたエルフに対して苦笑を浮かべたギュスタンは、自分が任された仕事をこなそうとイルミンスールに一歩を踏み出そうとして――エンシェントツリードラゴンと目が合って固まった。
『………』
「………」
どれくらいの時間見つめ合っているのだろうか。
目を離した瞬間に襲われないか、なんて事を考えながら固まっているギュスタンを気にした様子もなく、エンシェントツリードラゴンは視線を動かしてエルフを見た。
『今日は焼き肉が貰えるのかのう?』
「どうでしょう。ギュスタン様、こちらでお食事をされますか?」
「………」
「ギュスタン様?」
「……え?」
「ここで食事をされますか?」
「え、ああ……いや、できれば別の――」
『ここで食事をするのだろうな?』
「あ、はい。させていただきます」
『ふむ。であれば肉を食べられるという訳じゃな。最近、シズトが来ないから食べておらんかったが、久しぶりに食べられるのう』
エンシェントツリードラゴンはそれだけ言うとゆっくりと目を閉じた。
ギュスタンはつい圧に負けて答えてしまったが、これからずっと関わる事になるであろうドラゴンに慣れておかなければ……と思い直して世界樹の世話をした後に食事をする事にした。
エンシェントツリードラゴンの肉は世界樹の番人が用意していたので、ギュスタンはドライアドたちに見られながら食事をするだけだったのだが、その後、手土産としてドラゴンフルーツを渡されてまた固まっていた。




