後日譚12.事なかれ主義者はこれ以上は勘弁してほしい
「それじゃあ、世界樹の事、よろしくね?」
「頑張ります」
「時々顔を出すとは思うけど、緊急の用件があったらムサシに伝えてね」
「はい」
ドライアドハウスでここのドライアドたちと過ごしていたレモンちゃんを回収した後に、ギュスタン様とムサシに別れを告げて、転移陣を使ってガレオールの実験農場に帰る。
大陸間の転移は魔石の消費が激しいけど、妊娠した奥さんたちの事が心配だから日帰りだと元々心に決めていた。
「大した事じゃなくてよかったよ」
「……そうですね」
「ランチェッタさんはまだこっちでお仕事中かな?」
「そのようです」
「どうしようかな。レモンちゃんだけ先に帰る?」
「れもん!」
レモンちゃんは僕の頭にしがみ付き、断固として離れるつもりはないと主張している様だった。
ドライアドハウスに連れていかれて心細かったのだろうか。
「じゃあ一緒に待とうか」
「レモン!」
王城まで行くと、騒ぎになりそうだったのでここでのんびりと待たせてもらう事にした。
ここで働いている人たちの邪魔にならないような場所にジュリウスが椅子を用意してくれたのでそこに座ると、ここで働いている小柄なドライアドたちが集まってくる。
「どうして人間さんに登ってるの?」
「何かいい事があるの?」
小柄で日本人のような肌の色をしている彼女たちは世界樹フソーの根元で暮らしているドライアドたちだ。
精霊の道と呼ばれている空間転移系の何かを使って大陸間を行き来しつつ、ランチェッタさんの指示のもと実験農場の管理をしているらしい。
畑と道以外は好きにしていいと言われているのだろう。統一性もなく様々な植物がいろんなところに生えていた。
「登ってみる?」
「レモン!」
「ダメって言ってない?」
「でも、気になるなぁ」
「ちょっとならいいんじゃない?」
「レモーン!」
わさわさと髪を動かして威嚇? しているレモンちゃん。
どうやら僕の肩の上は彼女のテリトリーと認識されているようだ。
まあ、ドライアドたちに認識されるまで彼女に助けられた部分があるし、このくらいの重さならまあ……という事でレモンちゃんの加勢をする事にしよう。
これ以上登られても困るしね。
「アルバイトしなくていいの?」
「そうだった!」
「あるばいとしなくちゃ!」
「がんばるぞ~」
お~~! と、片手を天に掲げて気合を入れた小柄な子たちはそれぞれの持ち場があるのか離れて行った。けど、すぐに戻ってきた。
「「「終わってた」」」
「…………そっか」
僕にはどうしようもないわ、これ。
諦めて小柄なドライアドたちにもみくちゃにされていると、お昼前にランチェッタさんが王城から転移してきた。
そして、転移陣の周りにドライアドたちがいない事に気付き、周りを見た彼女は僕と目が合った。
呆れた様な目で見られても、これは僕の本意じゃないんすよ。
「……シズトにはドライアドを集める何かがあるのかしら?」
「加護はもうないよ」
「それ以外で、という意味よ」
「どうなんだろうね。それよりも、ディアーヌさん。ランチェッタさんは無理してなかった?」
「どうしてわたくしに聞かないのよ」
「いやだって……ねぇ?」
「日頃の行いのせいですね。ただ、今日に関しては大丈夫でしたよ。無理のない範囲で政務をこなしていました」
「それならよかった。アトランティアの人と会うって言ってたからちょっと心配だったんだよね」
「その事については屋敷に戻ってから話すわ。……それって立てるの?」
「退いてもらえればまあ……」
椅子に座った僕の膝の上にドライアドたちが乗っかっている。
頭の上を死守したレモンちゃんだったけど、それ以外は守るつもりがなかったようだ。
ジュリウスに手伝ってもらってドライアドたちを降ろし、彼女たちに見送られながら世界樹ファマリーの根元に転移した。
ディアーヌさんが昼は屋敷で食べる事になりそうだ、と伝えてくれていたおかげで食事の準備は既に終わっていた。
妊娠しているお嫁さんたちは基本的に世界樹ファマリーを囲う結界の中で過ごしているので、今日もほとんど全員そろっての食事となった。
元奴隷組は最初の頃は断っていたけど、平等に愛するって誓ったから、という事を主張すると一緒に食卓を囲んでくれるようになってきた。
ただそうなると給仕をする人がいなくなるので、ジューンさんがいない時はエミリーの部下であるバーン君たちがしてくれている。
「それで、アトランティアは何と言ってきたのですわ?」
僕が以前作った魔道具『加護無しの指輪』を指に嵌めているレヴィさんが食事の合間にランチェッタさんに尋ねた。「話せない事だったら無理して言わなくていいのですわ」と後から添えたけど、ランチェッタさんは問題ないわ、と微笑んだ。
「以前の関係に戻してほしい、という陳情だったわ。失業者の問題が結構大きくなってきているみたいよ。今は海で狩る事ができる魔物を狩ってガレオールに売りに来てるみたいだけど、ガレオールの交易船の護衛と比べると危険度の割には報酬が少ないから不満の声が上がってるみたいだわ」
「こればっかりはもうどうしようもないですわね」
「一応国営の交易船を出してはいるけど、転移門がある以上、需要はそこまでないのよね。それに関しては依然と同じ返答をしておいたわ。ただ、今回は他にも話が合って、転移門がしばらく作れないだろうから、という事で新たにタルガリアとアドヴァンへの海路の護衛を提案されたわ。シズトが加護を失った事がようやく伝わったようね」
「もう数カ月経ってるけど伝わってなかったんだ?」
「ガレオールに来ている者たちはガレオールにある大市場じゃなくて港で商売をしているから噂話を集める機会も少なかったんでしょうね。港は殆どアトランティアの者たちとの商売をするためだけに来ている物が殆どだし、そういう話も出なかったんだと思うわ」
「海の底には精霊魔法を使わなければ、エルフは訪れる事もできませんのでファマ様たちの布教もしてません」
壁際に控えていたジュリウスもランチェッタさんの後に続いて理由を教えてくれた。
確かにエルフたちが布教をするついでに邪神との事を広めてるから陸の国々には伝わっていたんだろうな。アトランティアは陸の国との付き合いが薄いから伝わっていなかったという事か。
「それはそうと、アドヴァンとタルガリアって?」
「シグニール大陸の東側にある大陸よ。シズトたちの世界はどうだったか知らないけど、この世界には五つの大陸があると言われているの」
「海は魔物が蔓延っているから、もしかしたら他にも大陸があるかもしれないと言われているのですわ」
「ふーん……どうして今までそこへ向かう海路の護衛はしてなかったの?」
「ガレオールの位置的に、シグニール大陸をぐるっと遠回りしなくちゃいけなかったからやってこなかったのよ。異大陸との交易はクレストラ大陸で十分だったし、クレストラ大陸でもその二つの大陸と交流があったみたいで、そこを経由する事で商品も手に入ったから、わざわざ危険を冒す必要はないってね」
「なるほどなぁ」
他にも二つ大陸があったなんて知らなかったな。
…………そこには世界樹がないといいなぁ。
生まれてくる子の負担を考えると、これ以上増えて欲しくないわ。




