後日譚6.ドラゴニア国王は早く飲みたかった
シズトが暮らしているファマリアは不毛の大地のごく一部に過ぎない。その不毛の大地は元々ドラゴニア王国の土地だった。
シズトが神託を授かり、そこに世界樹を植えたいと言ったためシズトに下賜され、広大な土地は今ではシズトの領地となっている。
本人は自覚をしていないが、立派な領地貴族だ。貴族の責務を求められていないので今後も自覚する事はないかもしれないが。
ただ、領地と言っても草木も生えない荒れた大地だ。おまけに地面の下からはアンデッド系の魔物が湧いて出てくる。そんな場所を欲しがる物好きもいなかったので、世界樹が生えたと聞くまでは特にこれと言って文句は出ていなかった。
しかし、世界樹が生え、その存在が国中に広まれば話は別だ。
世界樹が生えている土地を一個人に下賜するのはどうなのか、と文句を言ってくる者も一定数いた。
その悉くをその鋭い眼光で黙らせたのはこの国の王妃であるパール・フォン・ドラゴニアだった。……もちろん、国王であるリヴァイ・フォン・ドラゴニアの威圧感も影響していただろう。
いずれにせよ、この一年ほどは文句を言ってくる馬鹿な貴族もいなくなっていたのだが、再び不毛の大地で問題が起きた。
「まさか、神の御業で不毛の大地が、見知らぬ花々が咲き乱れる土地になるとはなぁ……」
そういいながら、地平線まで続いているのではないかと思うほど広がっている花畑の前で立ち尽くして遠い目をしているのがこの国の王リヴァイ・フォン・ドラゴニアだ。
金色の髪は肩に触れない程度まで伸ばされていて、くるくると外側にカールしている。青い瞳は名も知れぬ花々を見ているようだ。魔物が出る可能性があるからと、普段シズトと会う時に着るラフな格好ではなくミスリル製の鎧に身を包んでいる。その鎧は煌びやかな装飾がされていた。
「ほんとに、シズト殿のする事には驚かされてばかりだな」
リヴァイの隣に立ち、遠い目をしているのはラグナ・フォン・ドラン。ドラン公爵家の現当主だ。
金色の髪は短く刈り上げられており、青い瞳は見る者に眠たそうな印象を与えるが、これでも眠気はゼロで、今は目の前の花々をどうするべきかと頭を悩ませていた。
彼もまたラフな格好ではなく、ミスリル製の鎧を身に纏っているが、リヴァイと比べるとやや見劣りする。
「……とりあえず、兵士を派遣する必要がないって事を再確認できたな」
ラグナが言った通り、勝手に花畑を荒らす者が現われないかと危惧して連れてきた兵士を守備隊として配置する必要性はなさそうだった。
シズトの専属護衛と化しつつある世界樹の番人のジュリウスが先んじてエルフを派遣している様だった。
その兵士たちはドラゴニア国王とドラン公爵がやってきても特に反応はない。ただ、自分が任された場所を守る事だけを考えているようだ。
「草花の研究については薬師ギルドかドタウィッチ辺りが名乗り出てくるだろうが……どうするんだろうな、我が息子は」
「これが特別なものだと気づかず、損をする事は避けたいが……お前の娘がいるから大丈夫じゃないか?」
「妊娠中だからなぁ。あんまりシズト殿が面会に同席させたがらないらしい。お腹の膨らみが少しわかるようになってきたから猶更心配なんだろうな」
「まあ、気持ちは分からんでもない。そうなると少し心配だが……まあ、エルフたちが何とかするんじゃないか?」
「………それもそうだな。とりあえず、この目で見るべきものは見たし、戻るか」
アダマンタイト製の魔動車に乗ってやってきた二人は、再び金色に輝く車体に乗り込んだ。
そして、慣れた手つきでリヴァイが操作すると魔動車は走り出した。
突然地面からにょきっと生えてくるアンデッド系の魔物の手をものともせずに魔動車は突き進む。
しばらく運転をしていたリヴァイはぽつりと思い出したかのように呟いた。
「……それにしても、邪神とは驚いたなぁ」
「だな。それを瞬時に制圧してしまうシズト殿にも俺は驚いたがな」
「だな。ある程度は戦える事はユウトとの竜の巣の時に分かっていたが、神をも封じるほどとは思っても見なかったな」
「捕まえたのは例の『神降ろし』の前だろ? 土地にすら伝播する呪いさえなければなんとでもなったんだろうなぁ」
「ただまあ、殺す事はできなかっただろうから、良くて閉じ込めるくらいだろうけどな」
リヴァイはそこで言葉を切ると、ハンドルから片手を話し、ワインに手を伸ばす。
その手を叩いたのは当然同乗者のラグナだ。
「飲酒運転はダメだとシズト殿に言われただろう」
「だったらラグナが運転すればいいじゃないか」
「ジャンケンで負けたんだから今日はお前が運転する日だろ?」
「……こんな事だったら運転手として誰か連れてくればよかったな」
美味しそうにワインをボトルから飲んでいるラグナを、リヴァイは恨めしそうに横目で見る。
「ほら、前を見て運転しないと危ないぞ。シズト殿がわき見運転はダメだと言っていただろう?」
「こんな所にいるのはアンデッドぐらいだろ」
「そういう油断が事故につながるって言ってたじゃないか。ほら、かもしれない運転をしろよ。今日はお前が運転する日なんだからな」
「次お前が運転する時は覚えておけよ」
捨て台詞を吐いたリヴァイは、魔力をさらに流して魔動車を加速させるのだった。




