後日譚1.事なかれ主義者は仲間と思われている
朝、目が覚めると僕の耳元で女性の声がした。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、ご主人様」
「二人ともおはよう。とりあえず、服着よっか」
無表情のまま挨拶をしてきたのがホムラで、微笑を浮かべながら僕の反応を楽しんでいるのがユキだ。
どちらもホムンクルス……いや、こっちの言い方で魔法生物か。【付与】の加護を使って僕が生み出した女性たちだ。
女性というよりもどちらかというとまだあどけなさが残っているから少女っていう感じもするけど。
「朝からされないのですか、マスター」
「最近してなかったから溜まってるんじゃないかしら、ご主人様」
「昨日あれだけやったでしょ。絶対やんないから服を着て出てってね」
「……かしこまりました、マスター」
「仕方ないわね、ご主人様は」
何が仕方がないのかは分からないけど、これ以上やったら枯れる気がする。
神降ろしをした後に目が覚めてから一週間は僕の体調の様子見という事で、夜を一緒に過ごす事はなかった。だけど、この一週間でもう大丈夫だと改めて判断されたようで、夫婦の営みが昨夜から再開している。
久しぶりだった事もあるからか、大変な事になったけど魔道具『安眠カバー』のおかげで目覚めはすっきりしていて無駄に元気だ。
「それでは失礼します、マスター」
「また後でね、ご主人様」
深々と頭を下げたホムラと手をひらひらと振ったユキはパーテーションの向こう側に消えていった。しばらくすると、扉が閉まる音がした。
二人が出て行った事を確認してからバスローブを身にまとい、着替えをまとめ、朝風呂をするために大浴場へと向かった。
最近は入らなくても問題なかったけど、これからはまた毎日入る事になりそうだ。
朝食を済ませたらいつもの日課をするために屋敷から出る。
屋敷の中を観察していたドライアドたちは、外に出てくる人たちをじろじろと見送っていたけど、僕を見ても特に反応しなかった。
一週間も経つと流石に覚えて貰えるようだ。古株である青バラちゃんのおかげもあるかもしれないが……これでレモンちゃんを肩車して移動し続ける必要はなくなったわけだ。
「れもーん!」
僕を見つけてよじ登ってきたドライアドたちの中で一番早く僕の頭に辿り着いたレモンちゃんが勝利の雄叫びを上げているけど、今日は下りてもらおう。
「って、剥がれない! ちょ、ジュリウス、助けて!」
「手荒な方法になるかと思いますが、よろしいのでしょうか」
助けを求めるとすぐ近くにいたエルフの男性が困った様に眉を下げて問いかけてきた。
彼の名はジュリウス。世界樹の番人のリーダーであり、僕の身辺警護を主にしてくれている。
加護が無くなろうと僕が世界樹の使徒だった事実は消えないからと、こうして身辺警護をしながら僕の手助けをしてくれているので、とても助かっている。
エルフの中でも精霊魔法の扱いが長けている彼にかかればレモンちゃんの一人や二人簡単に引き剝がせるんだろうけど、実力行使になってしまうんだろう。
「…………まあ、いいか」
「れもん!」
レモンちゃんは僕の肩の上でご満悦なようだ。
頭にしがみ付いてわさわさと髪を動かしている。
そんなレモンちゃんを見て我も我もとよじ登ろうとしているドライアドたちを体に引っ付けながら世界樹の根元へと移動する。割と重たいけど魔道具『パワースーツ』のおかげでこのくらいなら問題ない。引っ付いているのはちっちゃい子たちだけだし。
「ファマリーに異常は……なさそうだね」
「そのようです。他の世界樹にも異変は特に起きていないという事でした。ファマリーは成長が止まっているようですが、以前のように休眠状態になるのには時間がかかるかと思われます」
「そっか。他国の動向は?」
「世界樹の素材を買い占めようとする者も一部出てきていますが、ドラゴニアとガレオールが主導になって作ったシグニール連合のおかげで大きな混乱は起きていないようです」
「ならいいけど……新しい生育の加護を授けられた人が出てこない限り、世界樹は休眠状態になるだろうからちょっと心配だなぁ」
ファマ様に限った話じゃないけど、信仰は邪神騒動の影響もあって広まり続けている。というか、世界樹を擁するエルフの国を中心に熱心に布教活動を行っていた。神力が貯まるのも時間の問題だろう。
ただ、祈りを捧げても三柱と会話する事が出来なくなってしまったので、どのくらい神力が溜まっているのかとか、誰に加護を授けたのか知る術がない。
こればっかりは名乗り出て貰わないとどうしようもない。
名乗り出て来られたら今度はその人を世界樹の使徒とするのかどうかとか、いろいろ問題が出てくるだろうけど、そこら辺は下手に僕が口出しをすると変な事になりそうなので、ひとまずジュリウスたちに任せている。
「本日もされるんですか?」
世界樹の根元にあった祠に祈りを捧げ終わると、ジュリウスの方から話しかけてきた。
それに僕は当然、と頷く。
「うん。もしも何かあった時に取れる手段が多いといいからね」
「かしこまりました。それでは、怪我の予防のためにまずは準備運動からしましょう」
「なんか体育の授業みたいだなぁ……」
そんな事を思いつつ、『パワースーツ』を用いた近接戦闘の訓練の前に準備運動をする。
レモンちゃんたちには流石に離れてもらったけど、しっかりと体をほぐすために準備運動をすると、レモンちゃんを筆頭に動作を真似するのでついつい笑ってしまった。




