543.事なかれ主義者は争いを避けて生きていく
不毛の大地にあるダンジョン『亡者の巣窟』から飛び出てきた邪神――まじないの神チャム様を何とかしてもらうために『神降ろし』を使ったらその反動でぶっ倒れて三日くらい過ぎていた。
目が覚めるとすぐ近くにホムラがいた。普段通りの朝過ぎて、あの出来事が夢だったのかも……なんて感じつつ朝食を食べた。
いろんな事を聞きたいはずのお嫁さんたちは普段通り接してくれたけど、加護が無くなってしまったんだなぁ、と実感する出来事があった。
「……知ってる人間さん?」
「どうかなぁ」
「お屋敷から出て来たよ?」
「でも知らない人な気がする」
畑の世話をしに行くという妊娠組と一緒に外に出ようとしたら僕だけドライアドたちによって待ったがかけられてしまった。
褐色の肌と白い肌のドライアドたちが入り混じって僕が玄関から出ようとするのを阻止してくる。
レヴィさんが「シズトですわ!」と説明してくれているけど、彼女たちは個という概念が薄く、人物を見分けるのが苦手らしい。
髪をうねうねと動かして、玄関の前で通せんぼされているのは何だか新鮮な気分だと思うけれど、今後の事を考えるとちょっと憂鬱になった。
「とりあえず指輪で識別してもらうのですわ」
幸いな事に、本館で寝泊まりしている人たちは僕と結婚した人だけなので、同じ指輪を着けていた。
ドライアドたちも指輪でなら判別できるという事で僕の指輪を覚えてもらったけど、今後の事を考えると何とかした方が良い気がする。
「何突っ立ってんだよ。早く行くぞ」
「シズトくん、調子悪かったらすぐに言うのよ?」
妊娠したと言ってもまだお腹は膨らんでいないからとタンクトップにホットパンツといういつもの格好のラオさんとルウさんに促されるがまま玄関から出るとじろじろとドライアドたちの視線が集中している気がする。
……いや、よくよく考えたらいつも集中していたな。違う目的で、だけど。
普段だったら朝のお裾分けタイムになるところだったけど、今日は僕を僕と認識できていないからか特になかった。
世界樹ファマリーの根元までのんびりと歩く。
根元に辿り着くと、ファマリーを見上げた。
まじないの神チャム様が顕現した際に発光していたらしい。でも今は特に発光する事もなく、そよ風に吹かれているだけだった。
「……生育」
いつも通り幹に触れて目を瞑り、強く意識してみたけど、ごっそりと魔力が抜かれる感覚がない。
本当に加護はなくなってしまったんだなぁ、なんて事を考えていると遠くから「レモーン」という声と共にドライアドの中でも小柄な体格のレモンちゃんが走ってきた。世界樹の幹に触れる人物を見かけたので慌ててやってきたようだ。
彼女の後ろには大小さまざまなドライアドたちがいて、彼女を追いかけている。
「レモンちゃん、おはよう」
「レモー……ン?」
いつも通り僕の体をよじ登ろうとしていたのか、駆け寄ってきていたレモンちゃんたちだったけど、何事かに気付いたのか数歩離れたところで立ち止まって、僕をじろじろと見てくる。
それからきょろきょろと辺りを見渡し「レモーン?」と誰かを呼ぶ様子でウロチョロし始めた。
指輪のおかげで関係者だと認識してもらえているようだけど、僕とは認識していないようだ。
それだけ【生育】の加護が特別だったのだろう。
「なんだか寂しいねぇ」
「……レモンちゃん、ちょっと失礼するのですわ」
「レモン?」
レヴィさんがひょいっとレモンちゃんを持ち上げて僕の所にやってきた。
何をするんだろう? と首を傾げると「ジッとしているのですわ」とレヴィさんが言った。
それは僕に向けて行ったのだろうか、じたばたと手足を動かしているレモンちゃんに言ったのだろうか。
分からないけど、レモンちゃんは手足を動かすのを止め、僕も姿勢を正して様子を見守る事にした。
レヴィさんはおもむろに僕の後ろに回り込むと、レモンちゃんをさらに高く掲げ――僕の肩に乗っけようとしたけど難しかったらしく、ラオさんに「手伝ってほしいのですわ」と頼んでいた。
「……こいつをどうすんだよ」
「シズトの肩に乗っけて欲しいのですわ。普段そこにいたから頭の形を覚えているかもしれないのですわ」
「そうかなぁ」
「とりあえずやってみるのですわ!」
レヴィさんに促されるまま、ラオさんは僕の肩にレモンちゃんを乗っけた。
レモンちゃんはしばらく固まっている様子だったけど、頭に引っ付くともぞもぞと動いて場所の微調整をした後、いつものように雄叫びを上げていた。
……ドライアドたちに覚えてもらうまではしばらくレモンちゃんを肩車して過ごす事になりそうだ。
世界樹のお世話も、魔道具作りも、どちらも加護がないとできないので暇になってしまった。
いつも暇を持て余してドライアドたちと日光浴をしたり、パメラたちと遊んだりして過ごしていたけど、本当に暇だ。
掃除や洗濯をしようと思ったけど、それらは奴隷の仕事だからとさせてもらえなかったので、自分用の畑の手入れをしていたんだけど、それもレモンちゃんたちが手伝ってくれたので早く終わってしまった。
レヴィさんたちも丁度一段落着いたようだったので、一緒に外で休憩する事になった。
「これからの事、しっかり考えないとなぁ」
「別に今すぐ考えなくてもいいんじゃないかしら? まだ起きたばかりなんだし……」
胡坐をかいて座っている僕を抱え込むようにくっついて座っていたルウさんの声が頭上から聞こえてくる。
モニカが準備してくれたおやつを食べていたラオさんも、チラッと横目で僕を見た。
「何もしなくても暮らしていける金はあんだろ? ずっと働いていたんだから、ちっとは休んでりゃいいんだよ」
「そうかなぁ」
僕が首を傾げて考えていると、お茶とおやつの準備をし終えたモニカが近くに腰を下ろした。
「もしもする事がなくて困っていらっしゃるのであれば、三柱の布教活動はいかがでしょうか?」
「それは元々するつもりだったよ。間違った事が広まったら困るし」
まじないの神であるチャム様が下界に堕ちて邪神と呼ばれるようになってしまったきっかけは、誤った信仰が広まった結果、望まぬ姿に変貌してしまったかららしい。
その他にも色々と原因はあったらしいけど、それが決定打になって下界に下り、世界に悪影響を与える邪神になってしまったんだとか。
邪神を封じた神様として三柱の人気はうなぎ登りの状態なので、猶更姿が間違っていないかを確認していく必要があるだろう。
「ただ、今まで通りホイホイと行動はできなくなるよなぁって。ほら、加護が無くなっちゃったわけだし」
「まあ、魔力が大量にあるだけでシズト自体はなにもできねぇもんな」
「ダンジョン産の魔道具で武装したところで、経験の差は大きいわよね」
今までは万が一の時は加護を使えば何とでもなったけど、これからは加護すらない。
本格的に護身術として身体強化を身に着ける事も考えなくちゃいけないかもしれないけど、そういう力は使わないのが一番いいだろう。
であれば、今後は今まで以上に行動には気を付けて、争いを避けていくしかないんだけど……。
「揉め事は向こうの方からやってくるもんなぁ」
「お姉ちゃんが守ってあげる……って、言いたいところだけど、お腹の子の事を考えると避けれるなら避けたいわ」
「だな」
揉め事が起きる事は二人とも否定してくれないけど、まあ、何かしら起こるよねぇ。
……できる限り争いに発展しないように気を付けて生きていくしかないよなぁ。
そんな事を思いながら、僕はのんびりと紅茶を飲み干した。
これにて完結します。
ここまでお付き合いいただきありがとうございました。




