幕間の物語264.賢者たちは撤退した
「セイクリッド・サンクチュアリ!!」
姫花が杖を頭上に掲げて魔法を発動すると、彼女の足元を中心に魔法陣が展開された。
神聖魔法の中でも上位の結界魔法に属する物だったが、【聖女】の加護を授かっている彼女は無詠唱で発動する事ができる。
その結果、スケルトンドラゴンによる尻尾の薙ぎ払い攻撃を防ぐ事ができた。
だが、たったの一撃で結界に亀裂が入っている。
「詠唱するわ! 時間稼ぎよろしく!」
「わーってるよ!」
陽太が結界の外側に飛び出した。
彼によって抜かれた剣は、彼の体と同様に刀身が青白く輝いている。
身体強化を使って一気に詰め寄った彼が向かった先は、息を大きく吸い込んだドラゴンゾンビだった。
ドラゴンゾンビは大きく吸い込んだ空気を陽太めがけて吐き出した。
だが陽太は大きく跳躍して避けていた。
「ブレスじゃねぇのかよ!」
「テレポーテーション! ……そういう器官も腐ってるんじゃないですか?」
明が発動した転移魔法によって陽太以外の五人が少し離れた場所に移動していた。
明はドラゴンゾンビの様子を注意深く見ながら推論を述べたが、それを考察するのは自分の仕事ではない、と気を引き締めた。
陽太は空中を思いきり蹴り、軌道を変えてドラゴンゾンビの背中をすれ違いざまに切りつけた。
ドラゴンゾンビが痛みからか、再び咆哮すると、口から靄のような物が出て、広間に広がっていく。
「……もしかしたらブレスの代わりに有毒ガスが基本的な攻撃手段なのかもしれませんね」
「そのようです。先程から『空気清浄マスク』に使われる魔力量が増しています」
カレンの報告に明は小さく舌打ちをした。
毒無効であれば長期戦に持ち込んで相手の出方をじっくり見る方法もあったが、帰還の指輪を使う際に必要となる魔力の事も考えると悠長に様子を見ているわけには行かない。
「であれば倒すしかありませんが……あのドラゴンの口から吐かれている物がガスだと仮定したら効果が高い火魔法は容易には使えませんね。姫花、攻撃は僕たちで防ぐので、ドラゴンゾンビを優先的に倒してください」
「分かったわ」
「陽太はスケルトンドラゴンの方の対応をお願いします。単純な物理攻撃力で考えた場合、スケルトンドラゴンの方が上のようですから」
「りょーかいっ!」
「ラックさんたちは周辺の警戒を。ドラゴン二体だけでも厄介ですが、他の魔物がでないとは限りませんから。あと、撤退の判断は任せます」
「任された!」
「判断は私がします。シールダーとラックは防ぎきれなかったドラゴンの攻撃をいなしてください」
「ああ」
「任せ………いや、それは俺には荷が重いかも」
「では私とシールダーでドラゴンの攻撃をいなしますので隊長は全体を見てその都度指示をお願いします」
「モルモットくんは引き続き僕たちを中心にごろごろ転がってください。トラップがあるかもしれません」
「チュッ!」
指示をし終えた明はスケルトンドラゴンの方をチラッと見たが、陽太一人で問題なく抑える事はできそうだ。陽太として倒すつもりでいるようだが、魔石を壊さずに倒そうとしているのか、硬い骨に阻まれて決定打に欠けるようだ。
援護をするか一瞬考えたが、ドラゴンゾンビを先に倒す事にして神聖魔法の詠唱を始めた。
姫花と明は『帰還の指輪』を起動する分の魔力をぎりぎり残した状態で、なんとか二頭の龍種を討伐する事に成功した。
Sランクの魔石と、スケルトンドラゴンの骨を数本回収し、フロアボスを倒したら通れるようになった扉をくぐるとそこはセーフティーエリアだった。
想定通り転移陣がない事を確認した明は事前に用意していた転移陣を設置するとダンジョンから脱出した。
相当な臭気が付着していたようで、すれ違う兵士全員が嘔吐していた。
慌てて魔道具で体を身綺麗にした後、転移陣を使ってファマリーに戻る。
まだ日が暮れる前だったので日向ぼっこをしていた静人と一緒に記録用の映像がしっかり取れているか確認しつつ、映像を見ながら反省会を行い、その日は解散した。
翌日は休業日としてゆっくりと休んだ彼らは、その次の日には再びダンジョンの調査のために亡者の巣窟に訪れていた。
「情報が全くないのが怖いですが、シズトから貸し出された魔道具で様子見しましょう」
「ほんとにそんなので上手くいくのかよ」
「分かりませんが、ダンジョン内であれば転移が可能でしたし、いけるんじゃないですか?」
明もフォルムに言いたい事はあったが、ドローンのような魔道具であれば偵察には持って来いだろう。
四十階層のフロアボスの間の奥にあるセーフティーエリアに転移した明は、早速貸し出された物をカレンに取り出してもらった。
黄金に輝くその円盤のような見た目の物体は『ドローンゴーレム』という魔道具らしい。
ドローンだと言い張るのであればUFOのような見た目を何とかして欲しかったが贅沢は言えない、と明は言葉を飲み込んだ。
魔道具を起動するとドローンゴーレムは宙に浮いて周囲を撮影し始める。
その映像を魔道具『投影機』を通してスクリーンに映っている事を確認すると、ドローンゴーレムを操作して階段の下に向かわせた。
「真っ暗ですね……」
「ライトとかついてないのかよ」
「そういう説明は受けてないのでついてないんじゃないですか?」
「これじゃあ意味ねぇじゃん」
「いえ、階下に降りてすぐ攻撃されなかった、という事は分かりました」
「様子見をしているだけという事はあり得ませんか?」
「……そうですね。カレンさんのおっしゃる通り、そうかもしれません。見た目がアレですし」
明は言葉を濁したが、こちらの世界の住人であるラック、カレン、シールダーの三人は共感できていないようだった。
もともと、見た事もない魔道具ばかりなので感覚がマヒしている、という可能性もあったがゴーレムは変な見た目をしている物もあると聞いた事があったからだ。
「とりあえず、もうしばらく周囲を探索させましょう。どこか明るい場所もあるかもしれません」
「壁にぶつけんなよ」
「ぶつけたところで壊れないんじゃない? アダマンタイトっていう金属でしょ?」
「……じゃあ壁にぶつけても問題ねぇな。ちょっと暇だからリモコン貸してくれよ」
「陽太に任せたら壊れない物も壊れそうだから嫌です」
結局、陽太と姫花の二人の主張に押し切られて順番でドローンゴーレムを操作したが、特に何もなかったので一度自分たちの手元に帰還させ、アイテムバッグの中に大事にしまった。
「生体じゃないと反応しない可能性もあるし、モルモットくんを先行させましょう」
そうして四十一階層目に降り立った六人に待っていたのは明かりのない真っ暗な空間だった。
「明かりをつけますか?」
「……そうですね」
カレンの問いかけに明は頷くと光魔法で周囲を照らす光の球をいくつか作った。
通常であれば周辺を明るく照らす魔法だったが、明らかに照らす範囲が狭く、光も弱々しかった。
何かしら魔法に制限がかけられているのだろう、と判断した明はため息を吐いた。
(暗視ゴーグルみたいなものを作ってもらえばよかったですね)
そんな事を明が考えていると、何やら低い声のような物が聞こえてくる。
音が反響しているからか、どこから聞こえるのかは分からないが、何かしらいるのだろう。
「……モルモット君を先行させて進みましょう」
パーティーメンバー全員が齧歯類型の魔法生物が入った黄金の球を見送って歩き出そうとしたのだが、カレンがある事に気付いて「お待ちください!」と呼び止めた。
「今すぐ撤退しましょう!」
カレンが血相を変えてそう主張した事に不思議に思いつつも降りてきた階段に向かおうとしたが、背後には何もなくなっていた。
「致し方ありません。帰還の指輪を使いましょう」
「それほどの事態ですか? 何も感じませんが……」
「ラックが着けてる『身代わりのお守り』を確認してください」
「……ああ、そういう事ですか。状況が読めない以上、そうするしかありませんね」
ラックが腰のあたりに着けていた魔道具『身代わりのお守り』は端っこの方が若干変色し始めていた。




