幕間の物語260.賢者たちは説明を受けてから案内された
ドラゴニア王国の南に位置するダンジョン都市ドランには、先代の公爵が作り上げた元愛妾屋敷が並んでいる区画がある。
先代の公爵は気に入った女性を見つけると屋敷を与えてそこに住まわせると、気が向いた時に訪れては一夜を共に過ごしたそうだ。
代替わりがしてからはだんだんと囲われていた女性たちは別の場所へと移され、建物だけが残った。
先代公爵が遊ぶために作られた区画だったため、魔法などがかけられている物がそこかしこにあり、警備は厳重だった。
そのため、その区画の建物は今でも取り壊す事無く使われていて、大商人が住んだり、他の貴族の別荘として使われている。その内の一つが以前までシズトが寝泊まりしていた屋敷だ。
三階建ての屋敷は、壁が真っ白で新築かと思うほど手入れが行き届いていた。
それを近くから見上げている二人の男女の姿があった。
「改めてみると、大きな家ですね」
「今日からここを拠点にするんでしょ? なんかお金持ちになった気分!」
「はしゃぐのは構いませんが、借り物だという事を忘れないでくださいね」
中性的な顔立ちの少年に注意されてむくれた様子の少女は茶木姫花。
幼さが残る可愛らしい顔立ちをしていて、茶色の髪は今日はツインテールのようにしていた。
茶色の真ん丸の目を細めて隣に建っている少年――黒川明を睨みつけているが、明は気にした様子もなく屋敷をしげしげと見ていた。
「こんな大きな屋敷をポンと貸し出す事を決める事ができるって……随分と差をつけられてしまいましたね」
前世だったら明たちの方が影響力は上だったが、今ではもう差がつき過ぎていて比べる気も起きない。
「俺らだってちょっと稼ごうと思えば幾らでも方法はあるだろ」
「そうだよねぇ。なんてったって姫花は聖女様だし?」
「まあ、姫花の場合はそうでしょうね。聖女の加護を授かっている人は少なくはないですけど、転移者特典か、伸びしろは僕たちの方がありますから」
「俺たちだってそうだろ!?」
「僕たち……というか、陽太に関しては引退までにどれくらい稼げるかですね。剣術の指南役として引退後活躍する方は一定数いるそうですけど、陽太は教えるのが下手ですし。まあ、その前に貯金をする事も覚えないと意味ないですけど」
陽太は自分が使えるお金の殆どを女性関係に費やしてきた。
エンジェリア帝国では贅沢三昧の生活を送り、ドラゴニアまで至る旅の途中ではハニートラップに引っかかった際に和解金を支払い、ドラゴニアでは夜のお店で散財しまくっていた。
冒険者の中には陽太のように宵越しの金は持たない、とでも言いたげに毎日酒を飲んだり、娼館に通ったりしてその日暮らしをしている者も一定数いた。
それだけストレスが溜まる職業という事もあるのだが、冒険者ギルドとしては引退するまでにある程度の貯金はした方が良い、と報酬の一定額から積立貯金をする事ができる制度も作ってはいるが、使っている者は少なかった。
「大怪我しても姫花がいるから大丈夫だろ」
「タダで治すわけないでしょ?」
「はぁ? いつも俺が守ってやってるだろ!?」
「姫花はシールダーに守ってもらってるし? 陽太に危ない所を守ってもらった事は今の所ないし?」
「危なくなる前に俺が敵を倒してるからだろうが!」
陽太と姫花がまた言い合いを始めた、と呆れた視線を向ける明だったが、ふと屋敷から誰かが出てきた事に気付いて視線を向けた。
三人組の方へと歩いて来るのは白色のカッターシャツ以外真っ黒な男だった。
黒いロングテールコートに皺ひとつない黒のズボン。ネクタイピンで止められたネクタイも黒色で、光沢のある革靴も黒色だった。
歩き方は美しく、足音一つ立てずに明たちの方へと向かってくる。
その男は明たちの近くで立ち止まると、綺麗なお辞儀をした。
明がお辞儀をすると、姫花もやっと気づいた様子で陽太を無視して頭を下げた。
姫花に対してぶつぶつ文句を言っていた陽太は近くで控えていたラックに頭を叩かれてやっと気づいた様子で「ども」と軽く首だけで会釈した。
「屋敷の管理を任されているセバスチャンです。聞いていた通りの方々のようですね。くれぐれも屋敷内でトラブルは起こさないように重々気を付けてください。シズト様から貴方達の処遇は私に一任されております。トラブルを起こした場合、それ相応のペナルティがあると覚悟してください」
「俺たちは金払って――」
「発言は許可しておりません。貴方達のために用意された時間は限られていますが、その時間が減っても構わない、という事であればどうぞ。……よろしい。では、屋敷で生活をする上での注意点を口頭で説明させていただきます。Aランク冒険者であるとお聞きしておりますので、問題ございませんね?」
有無を言わさないセバスチャンの態度に、明は問題ないと頷き、姫花は明が覚えてるでしょ、と自分は覚える気がないようだった。
陽太に関しては苛立ちが募っている様だったが、ラックに抑えられていた。
結局、セバスチャンが長々と一気に話した内容を覚えていたのは明を除くと護衛兼監視役であるラック、カレン、シールダーの三人だけだった。
「以上がこの屋敷で暮らす上で守って頂く事です。この後は屋敷と敷地内の案内をさせていただきます。質問などございましたら移動しながら受け付けますのでご自由にどうぞ」




