幕間の物語259.ドラン公爵たちは配慮した
シグニール大陸にあるドラゴニア王国は、無数のダンジョンを保有する国だった。
世界樹ユグドラシルの近くに国がある事も影響しているのかもしれない、という説もあったが、なぜドラゴニア王国にダンジョンがたくさん発生するのかは分かっていない。
新しく発生したダンジョンは活用できると判断されれば国、もしくはその土地を治めている貴族が管理する事になっている。
ダンジョン大国であるドラゴニアの中でも王家に次いで二番目の保有数を誇っているのはドラン公爵で、侯爵の領都にもすぐ近くにダンジョンがいくつかある。
いずれのダンジョンもドラン公爵が率いている軍隊が定期的に訓練と素材集めのために探索をしていた。
ドラゴニア王国の南部に広がる不毛の大地と呼ばれるアンデッドの魔物が大量に現れる場所に会ったダンジョン『亡者の巣窟』もそうだった。
だが、他のダンジョンと違って亡者の巣窟は実入りが少なく、環境も最悪だったため人気のない場所だった。
そんな人気のない場所に兵士を派遣すると兵士の士気が落ちるので手当を出して対応していたのだが、一時期、それをする必要が無くなった時があった。
異世界から転移してきたという少年が不毛の大地を治める事となり、そこにあるダンジョンも彼の物になったからだ。
「これであのくっさい場所から解放される!」
「気持ち悪いゾンビを倒さなくて済む!」
「沼で気持ち悪い液体が付着しなくてすむわ!」
兵士たちは当然喜んだ。
だが、すぐにまたドラン公爵が保有している軍隊が異世界転移者の代わりにダンジョンの魔物の間引きをする事になってしまった。
ただ、幸いな事に異世界転移者が作った魔道具は使っていいとの事だったので、ダンジョンから出てすぐに魔道具によって体や防具にしみついてしまった悪臭を取り払う事はできるようになったし、街からダンジョンまで時間をかけて移動する必要もなくなったので、前よりかはましか……と思う者が多かった。
また、ダンジョンの奥深くまで時間をかけていく必要が無くなったため、ミスリルという魔法金属を安定的に取る事ができるようになり、実入りが良くなった事も兵士たちのやる気を引き立たせた。
活躍に応じて採掘されたミスリルの一部を下賜される事もあり「装備の一部をミスリルにして自慢しよう」と給料が少ない若手を中心に亡者の巣窟での仕事に立候補する者も現れ始め、ドラン軍を任せられているアルヴィン・ウィリアムは頭を悩ませる事が少なくなった。
「これでまた禿げる心配が一つ減ったわけだな」
「仰る通りですな」
冗談を言ったのは公爵領を治めているラグナ・フォン・ドランだ。
短く刈り上げた金色の髪と青い瞳は王家の血筋である証明だ。
ラグナはアルヴィンと共に冗談にひとしきり笑った後、眠たそうな印象を見る者に与えるジト目でアルヴィンを見た。
「それで、今回はその褒賞を増やしてほしい、という事か?」
「増やしていただけるのであればより私は髪の心配をしなくて済みますが、今回はその件とは無関係です」
「そうか。じゃああの三人組の勇者の事か」
「はい。定期報告書が上がってきたので報告に参りました。報告してもよろしいでしょうか?」
「そうだな……」
部屋の窓から外を見たラグナは「もうすぐリヴァイが来るだろうからその時に頼む」と言った。
アルヴィンは特に異を唱える事もなく、ただ黙して頭を下げた。
リヴァイ・フォン・ドラゴニアはドラゴニア王国の国王であり、ラグナとは古くからの付き合いだった。
そのため、アルヴィンの事もよく知っていた。
「非公式の場だ。気楽に報告せよ」
「仰せのままに」
形式的にそんなやり取りがされたが、アルヴィンは肩の力を抜いて報告をし始めた。
「今の所、あの三人とシズト様の間でトラブルは起きていないようです。最近は話をする機会も増えているようで、ラックたちも警戒していたようですが、特筆するべき内容はなかったとの事でした」
「そうか。良好な関係を築けているようで良かった。引き続き見守りつつ、何かしらシズト殿とトラブルがあった場合はシズト殿の味方になるように伝えておけ」
「かしこまりました」
「それぞれの動向についてはどうだ?」
「ヨウタは相変わらずですな。余計な所と繋がれるよりはマシなのでラックに店を案内させております。が、今後は以前シズト殿が暮らしていた屋敷で寝泊まりする事になったようなので頻度は減るかもしれません」
黙って聞いていたリヴァイが首を傾げた。
「あの屋敷にか。……何かあったのか?」
「大した事ではないですが、ダンジョン探索に支障が出るくらい遅刻が酷かったそうです。その一因としてラックの不幸があるようですが……」
「そのおかげでその程度にすんでいる、とも考えられるな」
「そうなのか?」
「ああ。なぜか知らんがラックは運がとにかく悪いが、今の所部隊内で殉職者は出ていない。不運な事が起これば起こるほど、実は危険な状態だったと判明する事が多くてな」
「不運は身の回りの者も巻き込むので他の隊の者たちからは嫌がられておりましたが、同じ隊の者たちには文句は言われつつも信頼されてます」
「そうか」
リヴァイが納得したところで、アルヴィンは報告を再開した。
「【聖女】の加護を授かったヒメカはこのままいけばシールダーとくっつくでしょう。真面目で寡黙な男を護衛に割り当てて正解でした。【全魔法】の加護を授かっているアキラはまだ時間がかかるようです。カレンが積極的ではない、というのもあるでしょうが、安易に関係を持たないように気を付けているのでしょう」
「まあ、エンジェリアで利用された事を考えると警戒して当然だろう。他に何か変わった事は?」
「魔道具に関する報告がありました。『嗅覚遮断マスク』は亡者の巣窟で働いている者たちに貸し出せばより意欲的に取り組むようになるだろう、との事でした。あと、これはまだ実物は未確認ですが、鉱脈を見つける魔道具があるようです。気になった報告は以上です」
「ご苦労。下がっていいぞ」
ラグナがそう言うと、アルヴィンはただ静かに頭を下げて部屋から出て行った。
扉が閉まってしばらくしてからリヴァイがため息を吐いた。
「またとんでもない魔道具を作ったなぁ、婿殿は」
「違いない。どのような魔道具か詳しくはまだ分からんようだが、市場に出回ったら混乱を招きそうな代物だな」
「これは様子を見に行っても仕方がない理由になると思わんか?」
「そうだな。その通りだとも。最近行く事ができていなかったし、丁度良い機会だ。息抜き――じゃなかった。現地に赴いて重要人物と会談するのも立派な仕事だろう」
「じゃあ早速行くか」
「……いや、もう日が暮れているしやめておこう。女性陣の怒りは買いたくないだろう?」
「…………そうだな。今回はやめておくか。元々は酒を飲むつもりで来たが、それもやめておいた方が良いな」
「それがいいだろ。俺も今回は付き合えん。貯まってる仕事を片付けずに遊びに行った事がばれたら文句を言われるからな。お前も戻って仕事をしたらどうだ?」
「ああ、そうしよう」
ラグナに促されたリヴァイは、手土産の酒瓶を机に置くと部屋から出て行った。
ラグナはそれを見送ると、机の上に溜まった書類に手を付けるのだった。




