522.事なかれ主義者は同情した
明は不毛の大地にあるダンジョン『亡者の巣窟』の攻略をしているはずだ。
本人たちが望んだからホムラとユキを経由して依頼したけど、何か問題でもあったんだろうか?
夕方までドライアドたちとのんびりと過ごしたり、アンジェラたちの遊びに付き合ったりしていると夕方頃に明たちが転移陣を使って戻ってきた。
あの『亡者の巣窟』から帰ってきたから警戒したけど、臭い対策はしっかりと行っていたようだ。
「あれ、シズトじゃん。帰ってきてたの?」
最初に話しかけてきたのは大柄の男性にべったりとくっついている姫花だ。
少し前からドラゴニアから付けられた護衛役兼監視役である彼にアタックしているようだ。
その成果はどうなっているのかは興味がないけど、相手も嫌がっている様子はなさそうだから問題はないんだろう、きっと。
「うん。しばらくしたらまたクレストラ大陸に行くけどね」
「ふーん。大変ね。ねぇ、もう解散でいいんでしょ? 私、シルダーとこの後行くところあるから」
返事を聞く様子もなく姫花が歩き始めるが、明たちは止める様子もない。
というか、リーダーっぽい陽太が既にドラン行の転移陣を使って別行動しているので今更だろう。
きっと今日も大人のお店に行っているのだろう。
前世は大人になる前に死んじゃったからそういうお店に行く機会はなかったから陽太の話は興味深い所もあるんだけど、その話をどこかで聞いていたのだろうお嫁さんたちによって実施される事もあるので最近はあんまり聞いてない。
陽太も僕と話すくらいだったらさっさとドランに行きたいみたいだからお互い会話がなくても困ってなかった。
「とりあえず……座って話でもしようか」
ジュリウスが何も言わずとも準備してくれた木の板を【加工】して即席のテーブルと椅子を作った。
明は特に驚いた様子もなく「見事ですね」と褒めてきたけど、簡素な物だし、褒められるほどの者ではないと思う。
僕が座ると明も座った。彼の後ろには彼の監視役でもある女性が控えている。
こうして明と面と向かって話すのはなかなかないけど、周りはドライアドたちに囲まれているし、すぐ近くにジューンさんもいるから大丈夫……なはずだ。
「……ドライアドたちに随分好かれてるんですね。加護の影響ですか?」
「どうなんだろうね。そこら辺は分かんないし、あそこでスケッチしている人に聞いてみたら?」
座っている僕の太ももの上に、当然のように座ったドライアドを見て明が尋ねてきたけど、僕が知るわけがない。
そういう事を調べてくれている人だったらそのうち分かるんじゃないだろうか。
そう思ってドライアドたちの近くでじっと観察しながらスケッチをしていた金髪の少女に視線を向けると明もそちらに視線を向けた。
そこにはレヴィさんの妹であるラピスさんがいた。夕日に照らされて煌めいている金色の髪はレヴィさんのようにドリル状になっておらず、短く切り揃えられていた。本人曰く、手入れが楽で動きやすいからそうしているそうだ。
「機会があれば聞いてみます」
「そう。それで、話って何?」
「依頼内容についての確認です」
「依頼? 亡者の巣窟の魔物の間引きと調査の事? それとも高ランクの魔石の納品依頼の事? どちらにせよ、僕は価格交渉とかは受け持ってないよ。相場とか分かんないし」
意図的に知ろうとしていない、というのはあるけど今は問題なく過ごす事ができているのでまあいいか、となっている。
「価格の相談とかではないです。シズトからレンタルさせていただいている魔道具のおかげもあって迷うことなく探索を進める事ができています。霧で覆われた街中のフロアも踏破出来ました」
「そうなんだ」
「リアクション薄いですね。厄介な階層だったと思うんですけど……シズトも『オートマッピング』を使ったから迷う事はなかったと思いますけど、フロアボスのヴァンパイアはどうやって倒したんですか? やっぱり何かしらの魔道具で倒したんですか?」
「まあ、そうだけど……僕は魔道具を提供しただけだったよ」
「それはそうでしょうね」
「ただ、表には出さない方がよさそうなものを使ったから言えないかなぁ」
「………なるほど」
「聞きたかったのはヴァンパイアの倒し方?」
もう倒してるんだったら聞く必要ないと思うけど、と言葉には出さず明を見ると彼は首を振った。
「いえ、違います。次はミスリルが取れる洞窟のフロアですけど、その後の階層は情報がほとんどないので本格的にサポート用の魔道具を準備してもらえないかと相談に来たんです」
「なるほど……? 余裕のある時だったらいいけど、探索についてって魔道具をその場で作るのはしないからね?」
「もちろんです。それで、さっそくなんですが……あの臭い何とかなりませんか? 今はまだ余裕がある上に日帰りの探索だったので僕の方で何とかしてましたが、情報もない場所で余計な魔力は使いたくないんです」
「まあ、何とでもなると思うよ? 確か以前探索した時に作った嗅覚遮断マスクがいアイテムバッグの中にあるし、とりあえずそれでいい?」
「実物を見て見ないと何とも言えませんが、出来れば魔石を使うタイプにしてもらえますか?」
「元々そうしてたような気もするけど、どうだったかな。ああ、ありがとジュリウス」
ジュリウスは何も言わずとも僕と明の間に嗅覚遮断マスクを置いた。
うん、ちゃんと魔石で起動するタイプにしてあった。
「っていうか、あそこにはドラン軍の人がいるはずだよね。その人たちも魔法で臭いをなんとかしてるの?」
「そこら辺は僕には分かりませんが……どうだったんですか、カレンさん」
「気合と慣れでごり押してました」
「……だそうです」
「そっか……とりあえずあなたたちの分もしっかりと準備しておきますね」
「ありがとうございます」
余裕ができたらミスリル採掘をしている人たちのために『嗅覚遮断マスク』を作ろうかな……。
そんな事を考えつつも価格交渉はホムラたちに丸投げするのだった。




