521.事なかれ主義者は今後の参考にした
ダークエルフの国ノルマノンもドワーフの国ルンベルクも転移門を設置する事を希望してきたので細かな交渉はホムラとユキそれぞれに任せる事にした。
僕はただ座って迎賓館で働いているエルフたちが準備してくれたお茶菓子を食べるだけだ。
支払いは宝物庫で眠っているであろうアダマンタイト製の何かを希望したんだけど、ルンベルクには断られてしまった。
「私たちで使いますから他の物でお願いします」
「他の物と言ってもねぇ。ご主人様は大体自分で作れるから、現金で払ってもらう事になるだろうけど……それでいいかい?」
「一括で支払うと他の所に影響がありそうなので、出来れば分割でできませんか?」
話し合いをしていたユキが黄色い目を僕に向けた。
タルトっぽい何かを食べていた僕はそれを飲み込んでから頷く。
「こっちの大陸のお金は潤沢って程でもないのならいいんじゃない? これからボードゲームをたくさん仕入れてもらう事になるだろうし」
全部集めたらファマリアに遊技場みたいな所を作って遊ぶのもありかもしれない。
行った事がないけど、前世にはボードゲームカフェっていう遊べるお店があったらしいし、お店にしてもいいけど気楽に遊んでもらいたいし……ああ、でも賭け事とかにならないように見張りは置いとかないとパメラが入り浸りそうだなぁ。
「問題ないってさ。細かい分割方法などについてはどうするんだい?」
「そうですね……具体的にはこれくらいでどうでしょうか」
「そっちがそれで問題ないって言うならこっちは特にいう事はないさ」
金額とか、その他の約束事とか難しい事はユキとホムラに任せて我関せずでいよう。
下手に値引き交渉されて、下げすぎちゃったら怒られるしね。
そういう事を任せるためにホムラを作ったわけだし――。
「ジューンさん」
「なんですかぁ?」
隣で優雅に紅茶を飲んで成り行きを見守っていたジューンさんは僕が小さな声で話しかけたのに合わせて、小声で返事した。
「クレストラみたいに、こっちの大陸も任せられる子を用意した方が良いとおもう?」
「そうですねぇ……クレストラと違ってぇ、ここはある程度国としての形は残っているみたいですしぃ、連絡を取りやすいようにしておけば後はお任せでもいいと思いますよぉ? 統治したいというのであれば別ですけどぉ」
「めんどくさいから嫌」
「ですよねぇ。じゃあ、向こうから誰か置いて欲しいって言われない間は何もしなくていいと思いますぅ」
「そっか。じゃあいいや」
話を切り上げたタイミングで僕の目の前に置かれていたカップの中に紅茶が再び淹れられた。
魔道具を使わずに用意されたその紅茶は、普段飲んでいる紅茶よりも美味しいような気もした。
ドーラさんを筆頭に、紅茶が好きな人は多いからあとでこの茶葉の事をエルフに聞いておこう。
ノルマノンとルンベルクの使者と対談をしてから数日が経った。
こちら側の転移門は既に設置してある。クレストラ大陸と比べるとミスティア大陸は小さいけど、国の数は同じくらいだったから、二カ所空き地を用意しておいてもらった。
まだ西側の国々からの使節団は着ていないのでどうなるか分からないけど、もし必要なかったらその時はその時だ。
ノルマノンとルンベルクは東側の空き地にそれぞれ転移門を設置してある。
まだ開通していないので賑わいはないけど、そのうちビッグマーケットを開く事ができるようになるはずだ。
ビッグマーケットを利用する条件など細かな規定はガレオールを参考にさせてもらった。キラリーさんが上手い事やっておいてくれるだろう。
「もうお世話は終わったのですわ?」
世界樹イルミンスールのお世話が終わったので転移陣が設置してある方へ足を向けると、農作業を終えたレヴィさんが声をかけてきた。
「うん、終わったよ」
「この後は予定通り帰るのですわ?」
「そうだね。呪伝の加護の影響っぽい呪いの蔓延は今のところ聞かないし、向こうで薬草を量産しようかなって」
「それじゃあ皆を呼んでくるのですわ!」
「それは私がしますのでレヴィア様はシズト様と一緒に……って、人の話は聞きなさい!」
青筋を浮かべたセシリアさんがスカートの裾を持ち上げてレヴィさんを追いかける。
まあ、皆その内集まってくるだろう。
僕はドラちゃんと向日葵ちゃんに次にいつ来る予定なのかを伝えたけど、当然それだけでは時間が余るので、世界樹の根元に建てた祠で日課のお祈りをした。
……今日も神様たちから話しかけられる事はなかった。
なんて思っていると、いつの間にか全員集まっていたので、ドライアドたちに見送られながらファマリーへと帰った。
シグニール大陸のドライアドたちのお出迎えの対応をしている間に皆思い思いの所へと散っていったけど、ジュリウスだけは残っていた。普段だったらすぐに屋根の上とかどこか見晴らしのいい場所に行くのに珍しい、なんて思って「どうしたの?」と尋ねたら一枚の手紙を差し出された。
「こちらに残っていた者からの報告ですが、勇者の内の一人がシズト様に会いたがっているそうです」
「……勇者って、どの勇者?」
僕が知らないだけで勇者と呼ばれる人たちはまだいるらしい。
だけどきっと話ぶり的には知り合いの方だろう。
「アキラという勇者です」
「ああ、明ね」
明の方から話を持ち掛けてくるなんて珍しい。
こっちで仕事をしてもらう時はアキラはホムラかユキを経由してしか話しかけて来なかったのに。
とりあえずジュリウスから受け取った明からの手紙を読むために室内に移動しよう。
ここじゃ頭の上を目指してよじ登ってくる子もいるから……。
「レモン!?」
あと少しで頭に到着しそうだったレモンちゃんを捕まえて引きはが……せない!?
髪の毛を絡ませて踏ん張るのやめて欲しいなぁ。
「手伝ってジュリウス!」
「かしこまりました。……手荒な手段と穏便な手段、どちらがよろしいでしょうか?」
「穏便な方が良いかな!」
「承知しました」
ぺこりと頭を下げたジュリウスは僕の手を掴むと、そっとレモンちゃんを解放させた。
「……ジュリウス?」
「一度一番上まで登らせた方が抵抗がないと愚考しました」
「……なるほど」
実際、頭にしがみ付いたレモンちゃんは満足したのか、抵抗もなくジュリウスに捕まって地面に下ろされていた。




