幕間の物語256.代理人は忘れた
タカノリが暮らしている視察という名のお出かけをしに行ったシズトを見送った後、ジューンはエミリーと一緒に厨房で休憩をしていた。
木製の丸椅子に腰かけ、ドライアドたちから大量に貰った果物を加工してドライフルーツにしたものをパクパクと食べながらシズトについての話をしていた二人だったが、エミリーのもふもふの耳とジューンの細長い耳がピクピクッと物音に反応した。
それからしばらくすると厨房に人が入ってきた。
仮面をつけているが金色の髪と細長い耳からエルフである事が分かる。だが、エルフにしては小柄だった。
「ジューン様、ちょっといい?」
「良いですよぉ」
間延びした感じのジューンの返答を聞いて、小柄なエルフは仮面をとった。
彼の名はジュリーニ。外見だけで判断するとまだ子どものように見えるが、これでも百年ほど生きているエルフだった。
エルフの成長は大体百年も経つと止まってしまう。彼もジューンと同じく、エルフの平均から逸脱した容姿の持ち主だった。
だから仮面を着けていても彼が誰なのか、ジューンとエミリーは分かっていた。
「どうしたんですかぁ、ジュリーニちゃん」
「ちゃん付けはやめてって言ってるでしょ」
「ごめんなさぁい。つい癖でぇ」
三百年ほど生きているジューンから見ると幼い彼はどうしても子ども扱いしてしまうようだった。
ジュリーニはそれに不満な様子だったが、ジューンからドライフルーツを受け取ると気を取り直したようだった。
「それでぇ、何か御用ですかぁ?」
「ちょっと相談したい事があって……。シズト様もいないし、夕食の準備までまだ時間あるよね?」
「大丈夫ですよぉ」
「席を外した方が良い?」
「あー……どっちでもいいかな。聞かれるのは恥ずかしいけど、客観的な意見も欲しいし」
「とりあえず座ってくださぁい」
ジューンに促され、ジュリーニは彼女たちが囲んでいた折り畳み式のテーブルを囲んだ。
「話って言うのはジューロちゃんの事ですかぁ?」
「いや、それもあるけど……今日はリーヴィアって子の事で……」
「あー、なるほどぉ」
それだけですべてを理解した様子のジューンは、首を傾げているエミリーに説明をした。
いわゆる三角関係である、と。
「ジューロちゃんはぁ、特定の誰かを好きって感じではなさそうなんですけどねぇ」
「なるほど。リーヴィアがジュリーニの事を好きになった理由が気になるところだけど、今はジュリーニがどうしてジューロの事を好きなのか知りたいわね」
「それはぁ、体型が同じような状況だからみたいですよぉ」
「なるほど。見た目は大事よね」
「きっかけはそれだけど、それ以外もあるから!」
分かっているわ、とエミリーはジューンと一緒にうんうんと頷きつつも、ジューンに尋ねる。
「獣人の男は自分よりも大きな女はあんまり惹かれないみたいだけど、エルフもそうなの?」
「どうでしょうかぁ。普通は大体同じくらいの背丈になりますからぁ、あんまり気にしない気もしますぅ。普通から逸脱しているとぉ、そういう対象にはならないみたいですけどねぇ」
自分の胸元を抑えながら話すジューンもまた、スレンダーな体型になりがちなエルフから逸脱した者だった。
同じ普通から逸脱しているエルフだからこそ、ジュリーニはジューンに相談を持ち掛けているのだろう、とエミリーは判断すると話を戻した。
「それで、リーヴィアの事って何かあったの?」
「それが……リーヴィアから誕生日プレゼントをもらって……普通そういうのって仲のいい相手にしか渡さないと思うんだけど、トネリコでは違ったのかなって」
「どうでしょうねぇ。そういう文化や風習はぁ、私にもわからないですぅ。ちなみにぃ、何を貰ったんですかぁ?」
「それがさぁ、お菓子だったんだけど形がハートだったんだよね……これって、そういう事?」
「渡された時にはぁ、告白されなかったんですかぁ?」
「いや、別に……ジューロに会いに行った時にアンジェラって子に誕生日のお祝いされた流れでもらったから。でも、好かれるような事をした覚えはないし、体格もこんなだし……」
「リーヴィアちゃんはぁ、体格とかそういうのに対する偏見はないんでしょうねぇ、きっと。初めて会った時からぁ、私の体について何も思う所はなさそうでしたしぃ。ジュリーニちゃんが気づいてないだけで何かあったんじゃないんですかぁ?」
「そうかなぁ」
「きっとそうよ。それで? どうすんの? ジューロは諦めてリーヴィアとくっついちゃうの?」
「どっちも娶ってしまってもいいんじゃないでしょうかぁ。シズトちゃんはぁ、二人ともに興味を抱いていないようですしぃ、むしろ喜ばれると思いますよぉ。もちろん、ジューロちゃんに関しては、彼女の気持ち次第ですけどぉ」
「ノエルほどじゃないけど、魔道具研究に夢中よね」
「まあ、気持ちは分かりますけどねぇ。百年も生きればぁ、自分がエルフの中で異質だと分かりますしぃ、そういうのを諦めても不思議じゃない年頃ですからぁ」
「ジューンもそうだったの?」
「そうですねぇ……二百年も昔の事ですからぁ、忘れちゃいましたぁ」
ジューンはそこで自分の話を切ると、ジュリーニの相談に話を戻した。
明確に告白されたわけじゃないし、ジューロの事が諦められないという事でとりあえずお礼のお菓子を用意するだけに留める事になったのだが、ジューンもエミリーも特に何も言わなかった。




