511.事なかれ主義者はたくさん食べれるようになりたい
ボルトナム観光を終えて、戦利品を持って帰ったけど、案の定そこまで価値のある物はなかった。
宝石に興味がない面々だったので、パメラの宝箱の中に放り込まれているだろう。
そんな事を思いつつ、昨日一夜を共にしたホムラに部屋から出るようにお願いした後、一人でさっさと着替えた。
着替え終わったところで、今日のお世話係であるユキが部屋の扉をノックしてすぐに扉を開けた。
真っ白な短髪に褐色の肌を見る度にホムラと正反対だなぁ、なんて事を思う。
「返事されてから開けてくれないかな?」
「いつもと同じようにしただけよ、ご主人様」
「じゃあいつもしないようにしてくれると嬉しいな!」
「それは無理な相談ね」
「僕が着替え中だったらどうするのさ」
「お手伝いするだけよ、ご主人様?」
「……まあ、ユキならそういうよね。じゃあ、僕が一人でしてたらどうするのさ」
「お手伝いするわ、ご主人様。っていうか、一人でするくらいなら誰かを呼びつけた方が良いと思うわ」
「発散するためだけに呼び出すのなんか良くない気がするし……。そもそも発散する余裕なんてないし……」
「そうよね、ご主人様。だから、今後も今まで通りすぐに扉を開けるわ」
黄色い目を細めて笑うユキにこれ以上何か言ってもどうしようもないので何も言わずに部屋を出ると彼女もついて来た。
「何か報告とかある?」
「特にないわ、ご主人様。こちらの魔道具店の視察は終えたけど、昨日の夜に話した通り何も問題ないわ」
クレストラ大陸に一軒だけ作った魔道具店サイレンスは、元都市国家フソーのメインストリートに建てられた。
ビッグマーケットから少し離れているけど、廉価版の商品を求めてお客さんがたくさん来ているらしい。他の大陸でも同様で、ノエル一人だったら絶対回らなかっただろう。クロトーネから派遣されてきている技能実習生みたいな人たちに感謝だ。
ただそれでも品薄状態が続いている商品もあるので追加の実習生を広く募集しつつ、ファマリーの子たちの中から魔道具師の卵を見繕う事になった。
「魔道具師が増えるといいねぇ」
「待遇面では文句なしの求人を出していますから問題ないんじゃないかしら。即戦力が手に入る可能性は低いけど、それも育てて行けばその内使えるようになるし」
「そうだねぇ。最終的には廉価版じゃない物を作れる人も出てくるといいんだけどね」
「それは不可能に近い事ね。今のところ加護がなければ作れないし……ああ、もしかしてそういう事かしら?」
「多分違うよ?」
「そう? 朝から張り切って子どもを作りたいのかと思ったのだけど」
悪戯っぽく微笑んだユキからダッシュで逃げたけど、彼女は余裕の表情でついて来た。
単純な身体能力だとこの世界の人たちに勝てないんだよなぁ。
今日もエミリーとジューンさんが作ってくれた朝食をのんびりと食べる。
ラオさんとルウさんは既に食事を終えていて、魔力マシマシ飴を舐めながらお喋りをしていた。喋っているのは殆どがルウさんだけど、二人とも時々お腹を撫でている。まだ全然膨らんでいないけど、気持ちは分かる。何となく撫でたい気持ちになるよね。席を立ってまで撫でに行くほどじゃないけど。
ノエルはいつも通り食事を終えると嵐のように部屋から出て行ったのでこの場にはいない。魔力が切れるまでひたすら魔道具作りやら研究やらをしているからちょっとずつ魔力が増えているらしい。
魔力があればいろんな事ができるからちょっとでも多くしたい気持ちは分かる。分かるけどいつも朝、グロッキーな様子だった。
「いつもシズト様こんな感じなんすか? なんで平気なんすか?」
なんて事を聞かれたけど、多分慣れなんじゃないかなぁ。
……もしくは安眠カバーのおかげか? とも思ったけど確証はないので「分かんない」とだけ答えておいた。
ホムラとユキは相変わらず口周りを汚してご飯を食べているので、せっせと口の周りを拭いてあげる。席が近い特権だろうけど、他の人たちは誰も文句を言わない。
「明日、一度ファマリーに戻るのですわ?」
「んー、どうしようかな」
世界樹フソーの根元に新しく転移陣を設置する予定なので、明日にはミスティア大陸の世界樹イルミンスールの根元に転移する事が可能になる。
「ランチェッタとディアーヌが寂しがってると思うのですわ~」
「あー……確かに。じゃあ、一度ファマリーに戻って一日くらいのんびりしようかな」
手紙のやり取りは毎日しているとはいえ、顔を合わせて会えないのは寂しいだろう。
明日は世界樹の世話をしつつ、フソーとイルミンスールを繋ぐ転移門でも作ろうかな。
「ランチェッタに手紙で伝えておくのですわ。今日はどうするのですわ?」
「予定通りアマテラスに観光しに行こうかな」
アマテラスは名前からも分かる通り、過去の勇者が建国した国だった。
永世中立国として有名な国だけど、軍事力が低いわけじゃない。ドラゴニアと同じくダンジョンを自前で複数持っていて、そこで鍛えている事もあって屈強な軍隊を持っているらしい。
六ヵ国と国境を接しているけど、未だに領土が奪われる事もなく存在しているのはそのおかげらしい。
実際は過去に奪われた事もあるらしいけど、長い年月をかけて取り返しているんだとか。
「今回は誰と行くのですわ?」
「そうだねぇ。ダンジョンに入るつもりはないから誰でもいいかなぁ」
「暇だから行きたいデス!」
「パメラと二人だと心配だから私も行きます」
壁際に控えていたパメラが元気よく挙手をして宣言すると、その隣にいたエミリーもおずおずと手を挙げた。
「転移門の件で話し合う事があるので今回は辞退します、マスター」
「私も行きたいけど、残念だわ、ご主人様。ムサシに頼まれてるから仕方ないの」
「そっか。ドーラさんとジューンさんはどうする?」
「私はご飯の準備がありますからぁ」
「その程度の事であれば私でも可能ですから行ってもいいと思いますよ」
「そうですかぁ? じゃあ、お言葉に甘えますぅ」
セシリアさんの一言でジューンさんは行く気になったようだ。自動的にセシリアさんはお留守番が確定したけど、昨日一緒に観光したから譲ってくれたのだろう。
最後にドーラさんに視線を向けると、彼女はしばし考えこんだようだったけど、首を振った。
「ティエール行った」
「そっか。じゃあ、お留守番お願いね」
「ん」
ドーラさんはこくりと頷くと食事を再開した。
食べる速さは普通だけど、量が僕の倍以上あるんだよなぁ。
あの小さな体のどこに入っているんだろう?




