507.事なかれ主義者は思い出せない
獣人の国を観光して帰ってきた後は大変な事になったけど、翌朝の目覚めはすっきりとしたものだった。それもこれも魔道具『安眠カバー』のおかげだ。
この魔道具を使っている間はいかなる事が起こっても目覚める事はないけど、決められた時間になると確実に起きる事ができる。
寝坊する事もなければ、寝不足で眠たい思いをする事もない。
ただ、寝ている時は無防備な状態になるので悪用される恐れがあるから市場には出回っていない。
一回貸した事はあったけど、しっかりと回収したようだ。
「おはようございます、シズト様」
「おはよう、エミリー。シンシーラも。パメラは?」
「もうどっか行っちゃったじゃん」
「食事の支度はすでにある程度終わっているようですが、いかがなさいますか?」
ふさふさの狐耳をピコピコと動かしていたエミリーが首を傾げて問いかけてきた。
昨日あれだけもふもふしたのにまだ足りないのか「朝からしますか?」と聞かれたけど、固辞して二人を追い出して着替えを済ませ、食堂へと向かった。
食堂にはすでにみんな揃っていた。
パメラは遊んできたのか、服が汚れていてエミリーに怒られている。エミリーは先ほどまでのスケスケのネグリジェではなく、メイド服を着ていた。
食卓の上にはすでに料理が並んでいた、今日はエルフのジューンさんが用意してくれたようだ。
食前の挨拶を済ませて、用意された謎のジャムをたっぷりと塗ってからトーストにかじりつく。
こっちの大陸だとレモンちゃんがいないから、レモンのマーマレードを食べなくても抗議の声は聞こえない。聞こえないんだけど、昨日は見られてなくても獣人の二人にバレた。
ドライアドにも知られていない能力があってバレるかもしれない、と思って二枚目にはレモンのマーマレードを塗っておいた。
野菜たっぷりのホワイトシチューを味わっていると、レヴィさんが口を開いた。
「今日はボルトナムに行く予定ですわ?」
「そうだよ」
「誰と一緒に行くのですわ?」
「特に決めてなかったけど、皆の予定次第かな?」
「お姉ちゃんたちはここら辺で大人しくしていた方が良いかしら?」
「妊娠している人たちはできればそうして欲しいかな。心配だし、何かあったら一大事だから」
「まあ、ついて来いって言われても、宝石の事なんか分かんねぇしな」
「ベラちゃんに聞いておけばよかったかしら」
食事が終わったラオさんとルウさんは妊娠しているので今回はご遠慮して頂く事にした。
二人とも特に気にした様子はなさそうだ。
「そうなるとだいぶ絞られるのですわ」
「できれば宝石に詳しい人だと助かるかなぁ」
「さらに絞られますねぇ。私はぁ、あんまり興味がなかったので詳しくないですぅ」
「一番詳しいのはランチェッタだと思うのですけれど、ここにはいないのですわ。……ホムラとユキはどうですわ?」
「あまり詳しくありません」
「私も知らないわ。基本的に魔道具の売買は物々交換してないから」
口の周りにジャムを着けたまま答える二人の口をぐしぐしと拭う。
二人とも満足そうにしているのに、次の瞬間には口を大きく開けてジャムマシマシのトーストにかじりついていた。まあ、最近あんまり構う事が出来ていないから許そう。
「光る物は好きですよ!」
「詳しくないでしょ。私も人の事言えないけど」
壁際に控えているパメラとエミリーも詳しくないようだ。
まあ、元々平民だったらしいし、宝石とは縁遠いから当然と言えば当然なのだろう。
となると、残っているのはドーラさん、ノエル、セシリアさんの三人なんだけど……。
視線を向けられたノエルは、呆れたような目で僕を見てきた。
「ボクが宝石に興味があると思うっすか?」
「思わないっすね」
「そういう事っす。ごちそうさまでしたっす~」
席を立って早歩きでノエルが出ていき、残った候補は二人だけ。
だけど、ドーラさんも静かに首を振って「知らない」とだけ言った。
「そういう訳だから、シズトと一緒にボルトナムに行ってくるのですわ!」
「私にはレヴィア様のお目付け役……ではなく、侍女という仕事があるのですが?」
「そこら辺はアタシらが見とくから心配すんな」
「この前セシリアちゃんがいなかった時は、レヴィちゃんもちょっとは大人しかったから大丈夫だと思うわ」
「時と場合を選んでいるのですわ!」
「常に大人しくしていて欲しいのですが……分かりました。では、本日はシズト様の付き添い兼お目付け役として同行します」
「僕そんなにやらかすイメージある?」
僕が問いかけると、ホムラとユキ、パメラの三人以外は視線をそらしてしまった。
気付いていないだけで何かやらかしてたっけ……?
真剣に思い出してみようと頑張ってみたけど、あんまり思い浮かばなかった。




