505.事なかれ主義者も止められなかった
獣人の国ハイランズの首都には多種多様な獣人が生活しているだけでなく、人族やエルフ、ドワーフなども混じって暮らしていた。
獣人の中でも種族ごとに文化や生活スタイルが異なるから他の種族の受け入れもしやすいのかもしれない。
それでも人族ですら街の中でたまに見かけるな、程度なんだけど。
「この後どうする? ご飯をこっちで食べるのならエミリーに連絡を入れておきたいんだけど」
パメラに抱えられてあっちこっち飛び回った結果、日が暮れ始めていた。転移門はここから少し遠いけど、パメラが僕を抱えて飛んでいけばすぐだろう。
おやつ代わりにパンケーキをもきゅもきゅと食べていたパメラは顔を上げて、それから外を見た。
「そうデスね。こっちでご飯も捨てがたいデス。でもお家に帰るデス」
「いいの?」
「十分堪能したから大丈夫デス! 日が暮れようと空は飛べるデスけど、シズト様きっと怖がるデス」
「それは明るくても変わらないと思う」
きっとパメラが手を滑らせて僕を落としたとしてもジュリウスが何とかしてくれるんだろうけど、『帰還の指輪』をついつい触ってしまうよね。
「そうデスか? でも、お家に帰るデスよ。今日はシズト様と一緒に夜を過ごす日デスから」
そういうとパンケーキを食べ終えたパメラは僕の手を引いて席を立った。
支払いもしっかりと済ませてから店を出ると、パメラが僕を抱えて飛び立った。
仕事終わりの翼人族の人たちが街の空を飛んで自分の家に帰っていくのをぼーっと眺めていると、転移門が設置されている場所に着いたようで、パメラがだんだんと高度を下げて行った。
「お家に帰ったらご飯デスか?」
「ご飯だろうね。あんなに食べてたけど大丈夫なの?」
「大丈夫デスよ。まだ全然お腹に余裕はあるのデス!」
「そんな小さな体のどこにあれだけの量が入るんだろうね」
ドーラさんもそうだけど、パメラも僕よりもたくさん食べる。
冒険者の仕事の内にしっかりとたくさん食べる事、というのもあるんじゃないかな。
「食べられる時に食べておくのは大事な事デスよ。いつ何が起こるかなんて誰にも分からないデス。あの時、アレを食べていればよかったデス! なんて、思いたくないデスからね」
「なるほど……ん? それ、お腹が空いて力がでないとかじゃなくて、ただの食べたかったって言う未練じゃない?」
「そうデスよ?」
「あ、そう……」
なんか話がずれてよく分からなくなってきたけど、世界樹の番人が着けるお面をつけたエルフたちが僕の周囲を囲み、ジュリウスが周囲の警戒をしつつも僕に視線を向けてきたので転移門へと向かう。
事前通達はしっかりとされていたのか、先程まで利用していた人たちが転移門から離れて、僕たちを見ている。
なんかヒソヒソト話をされているのは気になるけど、さっさと帰ろう。
そう思って、起動した転移門をくぐり、元都市国家フソーのビッグマーケットに戻ったのだった。
なんとかいつもの夕食の時間にフソーの根元にある屋敷に戻って来れた。
ドライアドたちのための建物はまだできていないようだ。
ムサシが以前の世界樹の使徒が使っていた建物の中で生活するようになったのでそっちの方にほとんどのドライアドが行っているけど、まだ数人のドライアドが屋敷の中に入れないか鉢植えを持った状態で様子を窺っている様だった。
「ただいまデース!」
「パメラ、扉は閉めてってよ。入っちゃだめだよー。ムサシの所に行ってね~」
正面玄関を開けてパメラがパタパタと屋敷の奥へと消えて行った。
僕もその後に続いて屋敷の中に入ろうとすると、後ろからドライアドたちがついて来ていたので通せんぼしながら注意するとドライアドたちがムッと膨れっ面になった。
「いっぱいなの!」
「こっちの方が陽当たりいいの!」
「ダメなものはダメ」
しばらく粘っていたドライアドたちだったけど、急にパタパタと慌てた様子で少し離れた。
そして、また僕の方を見て文句を言い始める。
「ケチ!」
「入れろー」
「ちょっとだけ!」
「人間さんだけずるいぞ~」
「たくさん場所空いてるでしょ!」
「いやまあ、そうなんだけどさ」
使われていない部屋もまだたくさんあるし、そこをドライアドたちに使ってもらっても別に困らないけど、そうすると屋敷を自由に闊歩し始める可能性があるんだよなぁ。
こっちの子たちはムサシとずっと一緒に行動しているからか、彼の言う事を一番よく聞くけど、ムサシがいない時は自由に行動する子もいるし……。
うーん、と悩んでいると、後ろから「ダメですよ」と女性の声がした。
振り向くといつの間にかエミリーがすぐ近くに建っていて、ジト目で僕を見ていた。
「キリがありませんから。それに、彼女たちの建物は資材の調達が終わったので数日後には完成している予定ですし、必要ありません。そういう訳ですから扉を閉めます」
「狐さん怒ってる?」
「け、けち~」
ドライアドたちは恐る恐るエミリーの様子を見て抗議をし始めたけど、エミリーにキッと睨まれると静かになった。
「ケチで結構です」
エミリーはドライアドたちの非難の声を気にせず、音を立てて扉を閉めた。
そして、僕の方を見る。先程からずっとジト目のままだ。ドライアドに甘いから怒っているのだろうか。尻尾もなんだかボワッと膨らんでいる。
「……シズト様、臭いです」
「え? 朝もお風呂入ったけど……臭いかな?」
くんくんと自分の匂いを嗅いでみるけど、自分の体臭は自分じゃあまり気づけないっていうし、分からなかった。でも、嗅覚も鋭いエミリーが言うならそうなのかもしれない。
「はい、他の女の臭いがプンプンします」
「他の女って……パメラ? まあ、今日はずっと抱えられてたからそうかもしれないけど――」
「パメラじゃなくて、他の獣人の女の臭いです。シズト様が尻尾大好きなのは承知の上ですが、初対面の相手の尻尾を触ってはいけませんよ?」
「触ってないよ!? そういう気持ちになったのは否定しないけど、帰ったらエミリーとシンシーラがいるから、二人の尻尾をモフればいいし……」
「じゃあなぜこんなにも臭いんですか……尻尾を擦りつけられたりしてませんか?」
「あー……それはあったかも」
ウェイトレスさんが食事を運んでくる時に僕の体に尻尾が当たる事はあった。
それのせいかもしれない。
「でもエミリーやシンシーラも良く日常生活をしている時に尻尾が僕に当たるのはあったでしょ? そういうものなのかなって……」
「あれはわざとですよ。だからその女たちもわざとです」
エミリーはキュッと眉間にしわを寄せたまま僕に背を向け「皆様がお揃いですからお食事になさいますか」と歩き始めた。
待たせるのも申し訳ないので彼女の後について行ったけど、部屋に入ったら壁際に控えて何やらモニカとお喋りをしていたシンシーラも僕を見てキュッと眉間にしわを寄せ、ボワッと尻尾が膨らんだので相当臭いがついているんだろう。
早く食事を終えてお風呂に入ろ。
そんな事を思いつつ給仕をしてくれるのを座って待っていると、いつも以上にエミリーの尻尾は僕の体に当たったし、普段はしない給仕の手伝いをしているシンシーラの尻尾も顔に当たった。
料理に毛が入ってしまわないかちょっと心配だったけど、他の皆も何か察しているのか止める事はなかった。




