幕間の物語245.若き女王はさっさと終わらせたい
シグニール大陸の南西部に広がるガレオールという国は、海洋国家と呼ばれるほど海路を用いた交易が盛んな国だった。
だが、異世界転移者であるシズトと女王が結婚した事により『転移門』と呼ばれる魔道具が設置され、同じ大陸の各国だけではなく、異大陸との国とも繋がった。
その結果、転移門が設置された首都ルズウィックは、より人の往来が激しくなり、経済も活発になっていた。
そんな国の女王であるランチェッタ・ディ・ガレオールは、今日も朝日が昇る少し前に起床すると、夫であるシズトに魔道具化してもらったドレスに袖を通す。それは暑がりな彼女用に『適温』という魔法が付与されたドレスの内の一つだった。
ショートボブの灰色の髪の上には宝石がふんだんに使われている豪華な王冠を被り、靴はヒールが高い物を履いた。
彼女は着替えをすますと、机の上に置かれていた箱のような物を空けて中身を確認する。一通の手紙が入っていた。
「………今読んだらすぐに返事を書きたくなるだろうし、後の方が良いわね。ディアーヌ、預かっておいて」
「かしこまりました」
ランチェッタの専属侍女であるディアーヌは、ランチェッタから手紙を受け取ると大事にポケットにしまった。大きさ的にぐしゃぐしゃになりそうだったが、手紙はするするとポケットの中に入っていく。ディアーヌが着ているメイド服もまた、魔道具化された服だった。特に重宝しているのはアイテムバッグと同じ魔法を付与したポケットだ。
ポケットの幅に入る物であればすぐさま出し入れできるとの事で、ディアーヌはなんでもかんでもその中に入れていた。
「今日は国際会議の日だったわね」
「嫌だと思っている事が露骨に表情に出てしまっていますよ」
「いいじゃない、ディアーヌだけなんだから」
「……まあ、そうですね」
余計な所が夫に似てきているな、なんて事は表情には出さず、ディアーヌは時間がないからと弄る事もせずに食堂へと向かうように促す。
「執務室で食べればいいじゃない」
「料理長が気にされるのでできれば食堂でしっかりとお食事された方が良いかと思います」
「面倒ね」
「またシズト様がいらっしゃった時に料理長がシズト様に泣きつきますよ?」
「……そっちのが面倒ね。分かったわ、食堂で食べましょう」
そうして今日も食堂で食事を終えたランチェッタは、習慣となりつつある食後のティータイム中に来た者たちの報告を聞いて指示を出していく。
「ランチェッタ様。そろそろお時間です」
「そう。それじゃあ、後の事は任せたわ。実験農場に関しては別の場所に新たに作れるように土地を抑えておいて頂戴」
「かしこまりました」
報告に着ていた褐色肌の若い男性が頭を下げると、ランチェッタは席を立ち、食堂を後にした。
馬車に乗り込んで移動した先は転移門が設置されている近くに新しく建設された建物だ。
クレストラ国際連合の動きを見て、シグニール大陸でも同様の組織が必要だと判断したガレオールが主導で作った国際組織の本部であるその建物は、加入している国々の外交官たちが常駐していて、日々情報収集などに励んでいる。
ヒールの音を響かせながら廊下を歩き、案内の者が開けた扉をくぐるとその部屋には大きな円卓があった。
ガレオールのために設けられた席に向かうと、両隣の席は埋まっていた。
彼女の席を挟んで、何やら話をしていた二人の男性は、彼女がすぐ近くに来た事に気付くと会話を止めた。
ランチェッタの席の右隣に座っているのはリヴァイ・フォン・ドラゴニアだ。ドラゴニア王国の国王であり、ランチェッタの夫であるシズトの義父でもある。
もう片側に座っているのは立派な白い髭がトレードマークのフランシス・ドタウィッチ。ドタウィッチ王国の国王だ。
「リヴァイ国王陛下、フランシス国王陛下、おはようございます」
「話し込んでしまって申し訳ない。フランシス国王陛下から娘の話を聞いていたのだ」
「ラピス王女殿下の事ですか? 元気に過ごされてましたよ」
「ラピスくんは今日も研究に励んでいるのかのぅ?」
「ええ。研究対象であるドライアドたちは彼女の事を気にしなくなってきたようです」
「異大陸のドライアドたちを見るために、そちらの実験農場に出入りさせてもらっているとか。ご迷惑をおかけして申し訳ない」
頭を下げる事はないが、申し訳なさそうに言うリヴァイ。
ランチェッタが「気にしなくて大丈夫ですわ」と言ったところで大きな部屋にいくつもあった出入口が閉じられていく。どうやら定刻となったようだ。
ランチェッタが円卓を見渡すと、空席はいくつかあったがニホン連合の国々だったので問題ないと判断し、近くに置かれていた魔道具を起動する。
「それでは、シグニール国際会議を始めるのですわ」
魔道具によって増幅された声が部屋に響く。
今日もまた予定通り会議は進まないんだろうな、と覚悟しつつもランチェッタは会議を進めていくのだった。




