494.事なかれ主義者は着て欲しい物がある
ランチェッタさんとディアーヌさんは、街の散策をした次の日にはビッグマーケットに設置されている転移門を使って帰って行った。
もう少しゆっくりしてもいいんじゃないか、とは思ったけど、朝食を一緒に食べてくれただけましなんだろうか。
そんな事を思いつつ世界樹フソーに対して【生育】の加護を使う。
今日もだいぶ魔力が余ったので呪い対策として使われている上級ポーションとエリクサーの材料として使われている珍しい薬草を量産する。
「頑張ろ~!」
「おー!」
「早く終わらせるぞ~」
「おー!」
小柄なドライアドたちがやる気満々なのは良い事だとは思うんだけど、傍から見ると幼児に農作業をさせている大人なんだよなぁ。
他のドライアドたちと比べても特に小さいし、肌の色も日本人っぽいからより強くそう思ってしまうのかもしれない。
「頑張ったらそれだけ建物が早く完成するでござるからな。みんな頑張るでござるよ」
「お~~~!」
ムサシがドライアドたちのやる気を引き出した結果、手持無沙汰になってしまうドライアドが発生したけどこれ以上は作業スピードは早くならないから!
ジーッと見てきても無理なもんは無理だから!
生育の加護は直接触れていなくても植物を育てる事はできるけど、魔力の消費は距離に比例する。
遠ければ遠いほど消費魔力が増えてしまうので、極力離れた場所を広範囲で急成長させるのは避けたい。
時間はまだまだ有り余っているので、時間がかかっても畑一面ずつ回ってやっていくしかない。
僕が【生育】の加護を使い終わって次の畑に移動すると、作業をしていたドライアドたちもぞろぞろと移動して、時計回りに回っていく。
僕が先程までいた畑では、ドライアドたちが収穫を楽しそうにしている。小柄な子たちがちょこまかと動き回りながら葉っぱやら根っこやらを採っている様子は、保育園の芋ほり大会を思い出して懐かしい気持ちになった。
その子たちが先程まで収穫作業をしていた畑では、収穫が終わった植物を引っこ抜いて、たい肥を作る魔道具まで運んでいる。両手いっぱいに草を抱えて運ぶ子もいれば、髪の毛を操って持ち上げている子もいた。ドライアドたちの髪の毛って自由自在に動かせるから便利だよなぁ。力も強いし……どういう原理なのかは謎だ。
残っていた草を引っこ抜かれた畑では、魔道具で作られたたい肥と土を『魔動耕耘機』で混ぜて、その後にたっぷりと『魔法のじょうろ』を使って水を与えている。水をかけあっている子もいて気持ちよさそうだ。
先程まで土づくりと水撒きがされていた畑ではドライアドたちが種まきをしていた。時々自分のお気に入りの植物を植えようとして、レヴィさんに「ダメですわ」と注意されている。ここでもレヴィさんの影響力はそこそこあるようだ。
「【生育】。……よし、それじゃ次行こうか」
種が撒かれた畑に生育の加護を使って急成長させ終わったら、先程までドライアドたちが種まきをしていた畑へと向かう。
こうしてぐるぐると畑を回っていたんだけど、今日も外にお出かけするので、安全のためにある程度魔力は温存する必要がある。
どのくらい残しておけばいいかな、と魔力残量を考えながらひたすら植物を育て続けた。
植物の量産が終わると、僕はエミリーを連れて禁足地を出てビッグマーケットに向かう。
長らく保留となっていた麻雀大会のご褒美のために二時間彼女と一緒に過ごす事になっている。
彼女は「二人だけでシズト様のしたい事をしたいです」と言ってきたので、とりあえずデートする事にした。
まあ、僕たちの視界に入らないように気を付けつつ護衛がついて来ているんだろうけど。
「お出かけするのは別にいいんですけど、どうしてヤマト何ですか?」
ブンブンと白い尻尾を振りながらついて来ていたエミリーがふと疑問に思ったのか尋ねてきた。
「ムサシから転移門が繋がっているそれぞれの都市について教えてもらったんだけど、ヤマトの首都で服のレンタルしてるらしくてね。エミリーに着て欲しい物が目録の中にあったから行こうかなって」
直接取り寄せても良かったんだけど、コスプレパーティーになりかねないと思ったからエミリーの希望を利用させてもらった。
ビッグマーケットに到着するとたくさんの人で溢れかえっていた。
クレストラ大陸に広がっていた呪いはもうほとんど収束する見通しが立っている。今は僕が訪れる国から順番に呪いの治療を一気にしている状況だった。
新しく伝播する呪いで呪われたであろう人も、すぐに治療ができる体制は整ってきたから人の往来の制限もなくなったのだろう。
賑やかな広場を歩き続け、目的の転移門へと向かう。
転移門を通ってこっちにやってくる人もいれば、向こうへと戻っていく人もいるけど、この時間の通行はまばらだった。
眼鏡をかけた門番のエルフと視線が合うと、彼はぺこりと深々と頭を下げた。
「シズト様、少々お待ちください」
転移門を通ろうと思ったらいきなり現れたジュリウスに止められた。
ジュリウスと共に現れた数十人のエルフたちはみんな仮面をつけていないけど、僕を護衛するためについて来た世界樹の番人だろう。
彼らの半数が先に向こう側に行って、その後に僕たちが続き、何も問題がない事を確認した残りの半数がついて来た。
「それでは、ごゆっくりお楽しみください」
「見られているって思うとなかなか難しい気がするんだけど……」
僕の文句はジュリウスに届いていると思うけど、彼は既に目の前から姿を消していた。
僕は気を取り直してエミリーと手を繋ぐと、目的のお店へと向かう。
そのお店は大通りから少し外れた場所にあるらしい。地図を頼りに歩くと、目的のお店が見えてきた。
「あそこがコスプレ……じゃなかった。貸衣装屋さんだよ」
「なにやらたくさん服が展示されてますね」
「エミリーには是非、あの目立っている白と赤の服を着てもらいたくてね」
絶対似合うと思うんだ。だって狐耳と尻尾があるんだよ?
その二つがあるのならもう着てもらう衣装は一つしかないよ。
そんな事を思いながら、僕は貸衣装屋さんの扉を開けるのだった。




