幕間の物語239.賢者たちはのんびり話しながら待った
世界樹ファマリーの根元にまとまって設置された転移陣の一つが淡く輝いている。
肌が白いドライアドと褐色肌のドライアドに見守られながら、その転移陣の光はだんだんと強くなっていき、一際強く輝いたかと思えば、次の瞬間には冒険者の集団が転移してきた。
一番最初に転移陣から下りようとしたのは、魔道具によって髪の色を変えている少年、金田陽太だ。
他の者たちとお揃いのローブを身に纏っているが、彼の得物である剣をすぐに抜けるようにするために前は開いていた。
そこから垣間見える防具はどれも高ランクの魔物の素材を使って作られた防具だ。
今日も無事冒険を終える事ができた彼は、早く宿に戻りたい様子で転移陣の外に一歩踏み出そうとした。
だが、それを止めたのは彼の後ろにいた人物、黒川明だった。
「まだ確認が終わってません。変な行動はするなっていつも言ってますよね?」
「俺たちはすぐに分かるみてぇだから良いだろ」
「そうやって高をくくってドライアドが大騒ぎしたの忘れたんですか」
明が呆れた様子でため息を吐いた。
彼が指摘しているのは、彼らが乗っている転移陣が繋がっている先にある『離れ小島のダンジョン』に通うようになり、慣れ始めた頃に起きた事だった。
向こうのギルド出張所で換金したお金で早く娼館に行きたいと急いでいた陽太がチェックが終わるのを待たずに転移陣を下りてしまい、ドライアドたちがわらわらと集まってきて大変だった。
陽太の生活拠点であるドランに向かう転移陣を管理しているドライアドも大騒ぎしていたので、結局、ドライアドたちをまとめている者が騒ぎを聞きつけてやってくるまで足止めにあい、彼がドランに戻れたのは日が暮れた後だったそうだ。
その頃には彼のお気に入りの女性は既に他の客が入っていて、不貞腐れた彼は酒を飲みながら監視役のラックに絡んでいたらしい。
その時の事を思い出していたのか遠い目をしていたラックが陽太の肩を抑えた。
「大人しくしておきなさい。勇者たちの世界には『急がば回れ』という言葉があるんだろう?」
「チッ」
陽太は肩に置かれていた明とラックの手を振りほどき、イライラした様子を隠そうともせずにドライアドたちをじっと睨みつけた。
だが、睨まれたドライアドは気にした様子もなく、ジーッと陽太の目を見つめ返していた。
ドライアドチェックも終わり、ドランに戻っていく陽太とラックを見送った明は、黙って静かに待っていた面々と一緒に冒険者ギルドに向かった。
道中で同じ転移者である茶木姫花が「新しいお店行ってみたい」と彼女の監視役兼ボディーガードである大男シルダーに言っていた。
耳だけで様子を窺っていると一方通行な会話だと明は感じたが、実際にシルダーの様子を見ると黙って頷いたり首を横に振ったり、傾げたりしていた。ただの寡黙な男だった。
「アキラはギルドに寄った後どうされるんですか?」
アキラに話しかけたのは彼の監視役兼相談役になりつつあるカレンという女性だ。
「そうですね。フロアボスとの戦闘で消耗した品を補充するために買い出しに出かけようかと思います」
「分かりました。荷物持ちしますね」
そう言った彼女は背中に大きなハンマーを背負っている。
彼女もまた神から『怪力』という加護を授かっていて、尚且つ身体強化も得意としているため単純な力仕事であれば明よりも上だった。
だが、明はそれを断った。
「アイテムバッグがあるから大丈夫ですよ」
「入らない物があるかもしれませんよ?」
「魔法で何とでもなりますから大丈夫です」
明もまた神から『全魔法』という加護を授かっている。
荷物運び用のゴーレムを出す事もできるし、浮遊の魔法を使う事もできる。
転移系の魔法ですら単身でできるのだから、どれだけ荷物があろうと残存魔力があれば問題ない。
「最近何かと物騒ですから、温存しておいた方が良いのでは?」
「ファマリーの中だったらよっぽどのことがない限り大丈夫でしょう。魔力切れを起こして次の日に支障がないようには気を付けますが、たくさん使わないと総魔力が増えないですから」
魔法の知識がどれだけあっても魔力が足りなければ魔法は使えない。
補助具があれば足りない魔力を補う事もできるが、今回の冒険で出たフロアボスのファイアドラゴンとの戦いで用意した物を出し惜しみせずに使い切っていた。
(やはり魔力を増やすために翌日が休みの日は魔力切れまで使うべきでしょうか)
明は悩んだが、結局答えが出る前に冒険者ギルドに到着していた。
流石にファイアドラゴンの素材を離れ小島のダンジョンで買い取ってもらう事が出来なかったので、ファマリーにある冒険者ギルドにやってきたのだ。
夕方という事もあり、ギルド内はとても混雑している。
受付はどこも列ができているが、その列を成しているほとんどが女子どもだった。他の町では考えられない光景だった。
「これはしばらくかかりそうですね。姫花も明のように後で分配でよければ自由行動してもいいですよ?」
「……そうね、後は任せたわ。シルダー、行くわよ」
大きな盾を背負ったシルダーを連れて、姫花はギルドから出て行った。
残る事になったカレンはいつもの事だからと特に気にした様子もなく、待ち時間の間、明と他愛もない話をして過ごすのだった。




