485.事なかれ主義者は目が点になった
タカノリさんたちは都市国家イルミンスールの市街地の中にある知識神の教会の中にいるらしい。
呪われている人もいるから、という事で僕たちがそこに赴く事になった。
転移陣を利用して世界樹の周辺に広がっている森をショートカットして禁足地から出ると、用意されていた真っ白な馬車に乗り込んだ。
どこのエルフも真っ白な物が好きなのかなぁ、なんて事を考えながら馬車にしばらく揺られていると、教会の前で馬車が停まった。
教会の玄関の前に出てきて待ってくれていたのはタカノリさんだった。
外見的には全く違いはないけど、魔道具『鑑定眼鏡』を通してみた彼は確かに加護がない。
タカノリさんは僕がかけている眼鏡が『鑑定眼鏡』だと気づいたのだろう。苦笑を浮かべたけど特に何も言わなかった。
「わざわざご足労いただきありがとうございます。外にもテーブルを用意いたしましたが、外と中、どちらでお話しますか?」
「どっちでもいいけど……ジュリウスはどう思う?」
「タカノリ様はこちらに配慮して外の場を用意してくださったのかもしれませんが、外から見えない場所の方が守りやすいかと」
「なるほど。クーはどう思う?」
「どっちでもいい~」
「そっか……じゃあ、落ち着いてお話が出来そうですし、中で」
それに、呪われた人を見たらなんか治療法が思いつくかもしれないし、という言葉は呑み込んで、タカノリさんに案内されるまま教会の中に入る。
魔力探知で何か怪しい感じがしたらすぐにジュリウスが伝えてくれるはずなので、僕は教会内の物を色々見ながら歩いた。
三柱の教会の参考になればいいと思ったけど、イメージとあまり変わらない。
入ってすぐに礼拝ができるように広間があって、椅子が並んでいる。
奥には知識の神ナレジ様の像が祀られていて、その後ろには大きな窓があった。ステンドグラスはこの世界にもあるんだなぁ、なんてどうでもいい事を考えつつ礼拝をする広間を素通りして、奥まったところに入っていく。
懺悔室として使われていた個室は狭すぎるからと、裏方の仕事をするために使われている部屋に通された。
……そういえば、三柱の教会に懺悔室って作ったっけ?
首を傾げて考え込んでいると、タカノリさんも怪訝そうに首を傾げた。
「どうかされましたか?」
「いや、何でもないです」
どうでもいい事は後で考えよう。まずは机を挟んで目の前に座っているタカノリさんに意識を向け……たいんだけど、当然のように僕の膝の上に座って来たクーを別の椅子に座らせてからもう一度僕は席に着いた。
「すみません、お待たせしました」
「いいえ、大丈夫ですよ。転移してから十年以上も過ごすと、変わった趣味の御方には度々会う事がありますから」
「そういう趣味はないです」
きっぱりと否定しておかないと後が大変だと知っている。
けど、タカノリさんはただ一言「そうですか」と言って曖昧に微笑むだけだ。本当に伝わっているのだろうか?
ただ、これ以上伝えても見苦しい言い訳にしかならない気がするので話を戻す。
「僕が呼ばれた件について、お話して頂いてもいいでしょうか?」
「はい。シズト様にわざわざお越しいただく必要はなかったかもしれませんが、エルフの方々にはすでにばれているでしょうし、伝えたい事があったのでお呼びしました。できれば二人だけで話をできたらと思うのですが……」
クーは眠たそうに大欠伸をしながらも話はしっかりと聞いているようだ。
タカノリさんに視線を向けられると即座に断った。
「それは無理~」
「同意見です。タカノリ様が信用できない、という訳ではありませんが、私は奥方様たちからシズト様を守るようにと託されていますから。シズト様のご命令であれば部屋からは出ますが、それ以上離れる事はできません」
「あーしは命令されても動かないからね」
「左様ですか。部外者が一人いようが二人いようが変わらないので、このままで大丈夫ですよ。無理を言ってすみません」
タカノリさんは一度頭を下げると、再び話し始めた。
「伝えたい事よりも先に、エリクサーと上級ポーションの交渉をさせていただけたらと思います。私自身はシズト様の魔道具のおかげで呪われずに済みましたが、護衛としてついて来てくれていたトシゾーたちが呪われてしまいましてね。特にマルガトという鬼人族の女性がパーティーの役割的に一番呪われてしまい、エリクサーじゃないと治せそうにない状態になってしまっています。他の者たちも大なり小なり呪われていますが、上級ポーションもエリクサーも今はどこも品薄状態ですし、今の私の立場じゃ教会から支給される事もないでしょうから直接購入できないかと思い、キラリーさんに申し出た次第です」
「まあ、良いんじゃない? エリクサー一本と、上級ポーション三本でいい?」
「話が早くて助かります。お代はいくらぐらいお渡しすればいいでしょうか? 相場の二倍までなら無理なく払えますが……」
「同郷の人が困ってるんだし、別に相場の値段さえもらえればそれでいいよ。ジュリウス、相場分かんないから任せた」
「かしこまりました」
話の流れで既に察していたのだろう。
ジュリウスは僕たち用に多めに予備として用意されていたエリクサーと上級ポーションをアイテムバッグから取り出すと、机の上に置いた。
タカノリさんはそれを見つつも「本当によろしいんですか?」と聞いてきたので僕は黙って頷いた。
彼は静かに「神に感謝します」と呟くと、懐から取り出した袋から、金貨をどんどん積んでいく。
多くない? これが普通? 本当に?
………そうですか。




