幕間の物語238.知の勇者は切り札を切る事にした
捕らえた邪神の信奉者を護送中のタカノリ一行は、大きく迂回しながらウィズダム魔法王国を目指していた。
最短ルートで進むとダークエルフたちの国であるノルマノンに入ってしまうため、邪神の信奉者を連れ込むわけにはいかないと上層部が判断しての事だった。
一カ月ほどの長い旅路の予定だったが、ウィズダム魔法王国に入る前に問題が起きた。
「つけられてる」
端的に皆に伝えたのは御者をしているマルガトという鬼人族の女性だった。
彼女は前を真っすぐ見ながらも、視線だけを動かして徒歩で移動中のタカノリを見た。
「どうする?」
「確かなのですか?」
「ん。こんな辺境の道を行くのは珍しい。なにより、こっちの休憩のタイミングと合わせて止まるのは怪しい」
「そうですか。いよいよ取り戻しに来た、と捉えるべきでしょうかね」
タカノリは何事もないかのように微笑を浮かべながら前を見て歩き続けている。
彼を守るかのように猫人族と犬人族の女性がその両隣を歩いていて、彼の前方にはツルハシを担いだ男がノッシノッシと歩いていた。
「トシゾー、どうするんですか?」
「今回の依頼はお前さんと荷車の中の人物をウィズダム魔法王国に連れて行く事だったが……優先順位を決めておこう。タカノリの命を守る事が第一優先、第二優先が荷車の中のアレを守る事、最後に両方をウィズダム魔法王国に連れて行く事、でよかったか?」
「そうですね。可能であればウィズダムまで連れて行きたいんですが……最悪、アレを捨てて逃げる事も視野に入れておいた方が良いでしょうね。不得手ですが、情報を引き出しておいた方が良いでしょうか?」
「そうだな。……マルガト、大体どのくらい離れているか分かるか?」
「相手が普通の馬だったらなんとかなったけど、そうじゃないみたい。この子たちを全力で走らせて数時間程度だと思う」
「数時間で情報を引き出せるかは分からんがやるしかねぇな。全員で荷車に乗るのは、まあ、仕方ねぇか。『身代わりのお守り』はしっかりと持って、随時確認しておけよ。ここ一週間で呪われる心配はねぇって分かったけど、万が一のことがあるからな」
トシゾーの注意喚起を聞いて、猫人族のミーアと犬人族のラブラはお互いに『身代わりのお守り』を取り出すと確認し合った。タカノリもまた、前方を歩くトシゾーと一緒に魔道具に問題がない事を確認しておく。
四人が荷車に乗り込むと、マルガトは鞭を打って馬を走らせた。
魔物の血が混じった混血馬たちが勢いよく走りだすと当然荷車は揺れる。
だが、荷車の中から聞こえてくる叫び声はそれが理由ではないだろう。
混血馬を全力で走らせたが、それでもタカノリたちに残されていた時間は少なかった。
街までまだかなりある街道で待ち伏せにあったからだ。
タイミングを合わせていたのだろう。着かず離れずの距離を維持していた追手も、一気に距離を詰めていた。
荷車を捨て、荷物も捨て、タカノリたちはその場を後にしようとしたが、どうやら狙いはタカノリたちも含まれていたらしい。
「全員、邪神の加護持ちですか……」
タカノリたちの倍以上の邪神から加護を授けられし信奉者たちが、彼らを取り囲んでいる。
荷車は既に燃やされ、タカノリとトシゾーが乗っていた混血馬は呪われてまともに動ける状態でもなさそうだ。
トシゾーがツルハシを地面に叩きつけて隆起させた地面に身を潜ませて、タカノリは護衛たちを見る。
「『身代わりのお守り』はどうですか? ちゃんと機能してますか?」
「機能してるから俺たちは無事なんだろうよ」
「すぐにダメになっちゃったけど」
「複数人から同時に呪われたんでしょうね」
「敵の情報は?」
「今のところ姿を見せている者は十人。いずれも、『呪躰』の加護持ちでした。その内の三人はもう一つずつ加護を持っていて、残りの二人は三つ加護を持っています。察している通り、『呪眼』の加護はその三つの加護持ちが二人とも持っていました」
タカノリは知り得た相手の加護の情報をさらさらと地面に書いて行く。
相手が持っている加護は『呪躰』、『呪言』、『呪眼』、『呪伝』、『呪名』の五つで、それぞれの組み合わせも伝えるのを忘れない。
トシゾーは眉根を寄せてタカノリを見た。
「……厳しいな。お前だけでも逃げる方法はないのか?」
「残念ながら、私自身は簡単な下級魔法しか使えないんですよ。魔法の才能がなかったみたいでね。だから護衛をつけられているわけです」
タカノリは自虐的に言いながら肩をすくめた。
タカノリとトシゾーの会話を静かに見ていたミーアとラブラがピクピクッと耳を動かした。
「向こうは徐々に包囲網を狭めてきてるよ」
「数は半分ね。残りの半分は少し離れたところでこっちの様子を見ているみたい」
ミーアの後に補足するように付け足したラブラは、手に持っていた『身代わりのお守り』に視線を向けた。
タカノリとトシゾーが持っている物よりも黒くなっている。それは、ミーアやマルガトも同じだった。
「どうやら、私たちの名前はバレているみたいね」
「相手に『呪言』がいるんでしょ? 耳が良いからとかもあるんじゃない?」
「それなら二人だけのはず。私も同じように呪われているなら、名前が知られていると判断すべき」
「幸いな事に俺たちの名前はバレてないわけだが……俺一人でお前を守るのは不可能だから、三人に『身代わりのお守り』の追加を渡すぞ」
「構いませんよ」
タカノリは当然のことのように頷くと、どうしたものかと思案する。
ただ、考えても答えは一つしかなかった。
「……しばらく戦闘は始まらなさそうですか?」
タカノリの質問に首を傾げながらもラブラは「もうしばらくかかりそう」と答えた。
タカノリは「そうですか」とだけ返すと、トシゾーを見た。
「一度だけの奥の手を使います。ただ、それには神との対話が必要ですので、しばらく時間を稼いでもらえますか?」
「分かった」
トシゾーの短い返事にタカノリは笑みを浮かべると、目を閉じて静かに祈りを捧げ始める。
トシゾーたちは、タカノリの『身代わりのお守り』が無事である事を確認しつつ、周りの様子に気を配るのだった。




