幕間の物語233.幼女は転移させられた
ファマリーの根元の近くには、世界樹の使徒とその花嫁たちが暮らす本館と呼ばれる建物と、それ以外の身の回りの世話をする事が許された奴隷や使用人が暮らす別館があった。三階建ての大きな建物が本館で、もう片方に人族の女の子であるアンジェラも暮らしていた。
彼女の両親は奴隷としてシズトと契約を結んでいるのだが、娘であるアンジェラはシズトとは契約を結んでいない。シズトの善意によって、平民のままで別館で暮らす事を許されていた。
だが、彼女は今の状況がずっと続くとは思っていなかった。
だから、日頃お手伝いをしてもらえるお駄賃や、シズトから貰えるお小遣いをため込んでいるのだ。
ただ、数日前に行われた麻雀大会の賞金は、貯金に回すか悩んでいる様だった。
彼女のために用意された個室で、机の上に置いた貨幣をじっと見つめながら何事か考えている。
彼女の前には、麻雀大会準優勝の賞金として貰った金貨五枚があった。元々は十六枚あったのだが、一枚は共有で使う事を約束し、残ったお金を均等に割ってそれぞれが持っていた。それでも金貨五枚である。平民の女の子には多すぎた。
「ちょっと使ってもいいかな? でも、もしもの時のために貯金も大事だし……」
アンジェラが首を傾げると、彼女の桃色の髪が揺れる。今日は母のシルヴィアに結ってもらってツインテールにしていた。
髪と同じ色の目は真ん丸で愛らしい顔立ちをしている。
背もここ一年で伸び続けているが、それでもまだ女性らしさは見受けられない。
「でも、ためこみすぎもよくないってシズトさまが言ってたし……」
うんうん唸って悩んでいたアンジェラだったが、答えは出なかったようだ。
同じく金貨五枚手に入れた残りの二人に話を聞いてみよう、と金貨を大切にしまうと、部屋を後にした。
アンジェラが最初に向かったのはリーヴィアの部屋だった。
ノックをして出てきたリーヴィアは、エルフにしては小柄で子どものような体つきをしている。成長期がそのうち来るのだろうか、と思っていたアンジェラだったが、どうやらこれ以上は成長しないようだ。
金色の髪を指で弄りつつ、壁に凭れながらリーヴィアは言葉を発した。
「何の用?」
端的に尋ねられたアンジェラは「金貨五枚をどうするのかな、って思って」と単刀直入に聞いた。
リーヴィアは「ああ、あれね」と何かを思い出すかのように視線を上に向け、しばらく経ってから「もう手元にはないわ」と肩をすくめた。
「貯金したの?」
「しないわよ、そんな事。たまたま手に入ったあぶく銭だったから、さっさと使っちゃったわ」
「ふーん。……何に使ったの?」
「な、なんだっていいでしょ?」
「どうして教えてくれないの? 怪しいなぁ。もしかして、ジュリーニさんのために使ったの?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
そう言いつつも頬が赤く染まっているのをアンジェラは気づいていた。だが、これ以上突いて成就しなかったら問題だと判断した彼女は、それ以上追及する事はなかった。
リーヴィアと分かれたアンジェラは、その足で別の部屋へと向かった。
麻雀大会に共同で参加したもう一人のメンバーであるクーの部屋だ。
アンジェラはクーの部屋に着くと、一応ノックをした。
だが、返答はない。
アンジェラは慣れた様子で取っ手を手に取ると、扉を開けた。
「クーちゃん、いるなら返事しなくちゃダメなんだよ!」
「うるさいなぁ」
ベッドの上でゴロゴロとしていた小柄な女の子は、寝転がったままアンジェラに視線を向けた。
夕日に染まった空のような色をしたその目は若干アンジェラを睨んでいるようにも見えなくもない。
だが、アンジェラは気にした様子もなく室内に入ると、ベッドに腰かけた。
「ねぇ、クーちゃん。貰ったお金、何に使ったの?」
「そんなのあーしの勝手でしょ?」
「そうだけど……」
「どうしてそんな事知りたいの?」
「金貨五枚もあったら何に使えばいいのかなって思って……」
「だからお兄ちゃんと一緒に過ごす方にしておけば良かったのに」
「だってリーヴィアちゃんもクーちゃんもお金にするっていうから……」
「あーしは別に、お兄ちゃんと一緒にいようと思えばいつでもいられるし? リーヴィアはお兄ちゃんよりも他のエルフにお熱だから当然でしょー。レヴィレヴィもいいよっていってたし、お兄ちゃんの事が好きなら、アンジェラだけお金は貰わず、時間を貰えばいいじゃん。今からでも言えばそうしてくれるんじゃないの?」
「……でも……お兄ちゃんの事、好きだけど男の人として好きかは分かんないし」
シズトは良い意味でも悪い意味でも恋愛結婚推進派だった。
お互いに好意がある前提じゃないと結婚する事を認めないだろう。
そのためにはまず、自分自身にシズトに対する好意があるかどうかが重要なのだが……アンジェラがそれを知るにはまだ幼かった
「じゃあお父さんとお母さんの借金返済の足しにでもすればぁ?」
「ダメだって。自分のために使いなさいって言ってた」
「だよね」
どうしよう、と下を向くアンジェラをクーはじっと見ていたが、大きくため息を吐くと起き上がって、アンジェラの隣に腰かけた。
「じゃあ、家族でお揃いのアクセサリーを買って、残った分は勉強で使えそうなやつを買えばいいんじゃない?」
「どんなのがいいかなぁ」
「そんなのあーしが知るわけないじゃん。でも、そういうの知ってそうな人は知ってるから、その人の所まで送ってあげる」
そういうやいなや、クーはアンジェラに触れた。
次の瞬間にはアンジェラの姿は消え、残されたクーは大きく欠伸をすると再びベッドに寝転がるのだった。




