471.事なかれ主義者は広めたい
知識神の教会のお偉いさんっぽい人と会談し、シンシーラの飲み歩きに付き合ってから数日が経った。
ここ数日は平穏そのもので、午前中はイルミンスールのお世話を済ませたら『身代わりのお守り』や『加護封じの流星錘』『専用装備:鑑定眼鏡』の量産をする日々だ。
鑑定眼鏡は、帰還の指輪と同じく最初に魔力を込めた人以外の魔力では起動しないようにしてある。魔力を込める前に奪われたらどうしようもないけど、そこら辺はホムラとユキが良い感じに対応してくれるようだ。
加護封じの流星錘は、相手の魔力を用いて加護を封じるから、不特定多数の人に効くようにするために鑑定眼鏡と同じように特定の誰かの魔力にしか反応しないようにするわけにはいかなかった。ただ、依頼を引き受けた以上は納品する必要があるので作っている。
他の人の魔力が触れたら発動するタイプの自壊機能がある物も作ってみたけど、相手の魔力を使って加護を封じる前に自壊してしまったから意味がなかった。
いや、暇つぶしというか遊び道具を思いついたから無意味ってわけじゃなかったんだけど。
スパイ映画とかでよくある『読んで数秒経つと紙が燃えるメモ』とか、特定の魔道具を使わないと見えないペンとか――スパイごっこで遊べるくらいにはいろいろできた。
ただ悲しいかな。そういう遊びを思いっきり付き合ってくれるのはパメラくらいだった。
ルウさんは最初付き合ってくれたけど、燃える物は危ないからって没収しちゃうし……帰ったらアンジェラやリーヴィアを交えて遊ぼう。
「こっちにはもう数日いるのか?」
向こうに帰ってからの事を考えていると、お昼ご飯を食べ終えたラオさんが話しかけてきた。相変わらずの早食いだ。健康に良くないとか聞いたことがあるけど大丈夫かな。ちょっと心配だ。
「うん、あと数日こっちの木のお世話をしたら向こうに戻ろうと思っているよ。なんで?」
「いや、こっちの金が心許なくなってきたから、こっちで冒険者として活動しようかと思ってな」
ラオさんが麻雀大会で手に入れたお金は、湯水のように使われてほとんどなくなってしまった。
主にラオさんやルウさんの買い食い代だけど、一緒に街を見て回った人の代金も支払っていたし、僕もいろいろおごってもらった。
「邪神の信奉者が街に入ろうとしてきたって話は聞かねぇし、ジュリウスに聞いたら禁足地内にお前がいる間はアタシらかシンシーラたちのどちらかがいれば十分らしいからよ。腕も鈍っちまうし、この大陸の情報を自分たちで仕入れておきたい。あ、ジュリウスを信用していないってわけじゃねぇぞ?」
「分かっております。情報を様々なルートから仕入れた方がいいというのは同感です。イルミンスールの者たちは我々……というよりもシズト様に気を使って伝える情報を取捨選択している節がありますから」
「という訳だから、アタシらは情報収集がてらこっちの冒険者ギルドに顔出しておこうと思ってよ。大陸が違うから手続きが必要かもしれねぇし」
「パメラも行きたいです!」
「大人しくシズト様と遊んでるじゃん」
バサバサと翼を羽ばたかせて駄々をこねるパメラをシンシーラが宥めていた。
「そういえば、教会の方はどうなってるの?」
ホムラとユキの口元を綺麗にしながら尋ねると、少し離れていたところに控えていたキラリーさんが数歩前に出てきた。跪かなくていいよ、と手で制すると彼女はその場で直立不動のまま話し始めた。
「シズト様の要望通り、三柱とも同規模の教会とさせていただきました。管理は我々世界樹の番人がする予定です」
「ありがと。他国にも布教ができればいいんだけどね」
プロス様の信仰を広めるためには手っ取り早く多くの国々に教会を建てるのがいいんだろうけど、ジュリウスが静かに首を横に振った。
「状況が状況ですから難しいかと」
「だよね」
少し前まで呪いが広まっていた国だ。他国から来る者もいなければ、こちらから他国へ出る者もいなかった。
いや、正確に言うと出ようとする者はいたが、出る事ができた者はいなかった、というべきか。
完全にシャットアウトされているので、他国に布教するどころか、教会建設の打診をしに行く事すらできない。
タカノリさんが拠点としている国なら、と期待していたけど、タカノリさんは知識神の教会の者としてやってきたし、連れてきたのも国のお偉いさんではなくて教会の関係者だった。
従って国同士のやり取りの再開を打診する事も出来ず、入国の許可をお願いする事も出来ていない。
まあ、これに関しては呪いが治まったという話が広まれば自ずとできるようになるだろう。
むしろ向こうから来たいと思ってもらえるように呪い対策の魔道具を量産してるし。
ただ、それだけだとちょっと弱いかな。やっぱり『転移門』とか他の便利な魔道具をタカノリさん経由で売り込もうかな?
そのためにはタカノリさんと会う必要があるんだけど……。
「タカノリさんってまだイルミンスールにいるよね? 魔道具受け取り役として」
「はい、まだ滞在しておられるはずです、マスター」
「じゃあ魔道具受け渡しの時に、知識神の教会にあったら便利そうなやつとか、汎用性の高い魔道具を売り込んどいてもらえる?」
「かしこまりました、マスター」
「選定は私がやっておくわ、ご主人様」
口元が綺麗になったホムラとユキはやる気満々のようだ。魔道具の管理を任せておけば大丈夫だろう。
そうなると僕は暇になるわけだけど、禁足地から出る訳にも行かないから…………パメラの遊び相手をしつつプロス様の布教の仕方でも考えようかな。




