幕間の物語232.元引きこもり王女は面子集めをした
シズトがイルミンスールで世界樹の世話をしている頃、妊娠中のレヴィアは自由気ままに過ごしていた。
妊娠してから一カ月以上経過しているが、つわりや食欲不振などは見受けられない。むしろ、日が昇ってから沈むまで農作業をしている事もあるからか、食事の量が増えていた。
今朝も日が昇ってからすぐに着替えを済ませ、お腹に負担がかからないように気を付けつつ、朝の日課の畑の見回りを終わらせたところだった。
彼女に付き従うのは、彼女の専属侍女であるセシリアという人族の女性と近衛兵たちだった。
近衛兵たちはレヴィアに万が一がないように、彼女の一挙手一投足に注意を払っているが、今の所トラブルはなかった。
「レヴィア様、そろそろ朝食のお時間です」
「分かっているのですわ~」
「ですわですわ!」
「ですですわ!」
レヴィアの足元をウロチョロしているドライアドたちは、朝から元気いっぱいでレヴィアの真似をしている。
その様子を少し離れた所から見ている人物がいた。レヴィアの妹であるラピス・フォン・ドラゴニア。動きやすさを重視して短く切り揃えられた金色の髪に、母親譲りの鋭い目つきが特徴的な人族の少女だ。
ドライアドと姉の様子を記録を取るためにスケッチをしているようだった。そんな彼女を不思議そうにドライアドたちが見ているが、彼女の真似をしている子は一人もいない。
後を追いながら器用にスケッチをこなしていたラピスの視線の先に、人族の少女が加わった。
普段着と化していたメイド服ではなく、レヴィアとお揃いのオーバーオールを着た黒髪の少女の名前はモニカ。元貴族令嬢の彼女の顔は、ラピスは何となく覚えていた。社交界で一、二回見かけた事があったような気もするが、モニカから話を振って来ないので触れずに適度な距離を維持している。
そんなモニカがレヴィアとセシリアに向けて挨拶をしていた。
「おはようございます、レヴィア様、セシリア様。そろそろ朝ご飯のお時間ですが、お戻りになられる所ですか?」
「そうですわ!」
「ですわ~~」
「モニカも戻るところですか?」
「はい。自分の畑の所は異常がないか確認が終わりましたから」
「私たちが見てるからだいじょーぶだよ!」
「問題ない!」
「分かっているのですわ。ただ、自分の育てている作物がどうなっているか気になるからしているだけですわ。あなたたちも思い当たる所はあると思うのですわ」
「あるかなぁ」
「あるかも?」
「レモン!」
「そうだねぇ、育ててる子は気になるかも?」
「そういう事なのですわ。だから、朝ご飯を終えた後も農作業を頑張るのですわ~」
そうと決まれば早く朝ご飯を食べなければ、と再び歩き始めたレヴィアに後ろから待ったをかけたのはモニカだった。
「今日は無理ですよ、レヴィア様」
「どうしてですわ?」
「お忘れになられたのですか? 今日は麻雀大会の参加者探しをするという話だったじゃないですか」
「……そういえばそうだったのですわ」
「忖度をするな、というのは無理な話ですけど、忖度を極力しない面々を集める必要がありますからね。候補はだいぶ絞られますが……」
考え込むレヴィアとモニカだったが、セシリアが「とりあえずお食事の際にお話ししてはいかかでしょうか。他の方々が候補を考えておられるかもしれません」と言ったので、一先ず食堂に向かうのだった。
セシリアとモニカと一緒にレヴィアが食堂に入ると、既に他の者たちは揃っていた。
部下にある程度仕事を任せても問題ないと判断したランチェッタ・ディ・ガレオールは優雅に紅茶を飲みながら侍女のディアーヌと何やら話をしている。
ジューンは今日も世界樹の代理人としてエルフの国々を巡るのか、白の布地に金色の蔦のような刺繍が胸元までされているワンピースを着ている。体のラインが分かるような服だったが、エルフらしからぬ体つきに劣等感を感じている様子はなく、楽し気にエミリーと話をしながら料理を卓に並べていた。
ドーラは静かに座って本を読み、ノエルは魔道具を持ち込んで魔法陣をジッと見ていた。
「おはよーなのですわ~」
レヴィアが挨拶をして入ると各々挨拶を返した。
空席は詰めて座り、いつもよりも少ない人数での食事が始まる。
一番最初に食べ終えたのはノエルだった。口の中にパンパンに物を詰め込んで、席を立とうとしたところで「ちょっと待ってほしいのですわ」とレヴィアに制止され、立ち上がった姿勢のまま止まった。
「私たちも麻雀大会をするって話をしてたと思うのですわ。その参加者を決める話し合いに加わって欲しいのですわ」
もぐもぐと咀嚼した食物をゴクンと嚥下したノエルは、たった一言「興味ないっす」というと部屋を後にしようとしたのだが「ランキングに応じてご褒美が貰えるって説明したはずですわ」とレヴィアが言うと固まった。
「具体的には、どんなご褒美っすか?」
「貨幣か、シズトと二人で過ごすかの二択だったみたいですわ。でも、ある程度融通は利くみたいですわ」
「ノルマを減らすとかはどうっすか?」
「期間限定だったらいけるかもしれないですわね。ただ、期間に関しては順位次第ですわ」
ノエルはしばし考えたあと、静かに着席した。
レヴィアは「人数調整で一人抜けた方が良かったかもしれなかったのですわ!」と後から気付いたようだったが、ノエルが席から離れる事はなかった。
「それならぁ、私が抜けてもいいですよぉ?」
「有難い申し出ですけれど、抜けなくていいのですわ! シズトには了承を貰って、人数を増やした状態でする事にしたのですわ!」
「人数を増やすとして、あと三人だったわね?」
綺麗な所作で食事を進めていたランチェッタが視線だけをレヴィアに向けて尋ねた。
「そうですわね。私、ランチェッタ、ディアーヌ、セシリア、モニカ、ジューン、エミリー、ノエル、ドーラの九人は参加するとして、残りをどうするかが問題なのですわ。真剣勝負だから、身分を気にしない人選が良いのですわ!」
「それならぁ、アンジェラちゃんたちならどうでしょうかぁ。パメラちゃんと一緒にぃ、よく国王陛下とボウリングをしてますよねぇ」
「私も同じ事を考えていたのですわ。リーヴィアも加えればあと一人なのですわ」
「あの良く遊んでいる小さな子たちよね? もう一人いなかったかしら?」
ランチェッタがそう問いかけると、ジューンはゆっくりと頷いた。
「ジューロちゃんですねぇ。でもぉ、あの子は多分気を使ってしまうタイプの子ですからぁ、やめておいた方がいいかもしれませんねぇ。エミリーちゃん、バーン君たちはどうでしょうかぁ?」
「いや、奴隷だし難しいと思うわ。クー様はどうですか? 良くあの子たちに連れられておやつを強請りに来ますが」
エミリーが問いかけると、そういえば留守番を命じられて不貞腐れているクーがいたな、とその場にいる面々が思い出した。
一先ずその三人に声をかけて見よう、という事になりその場での話し合いが終わった。
朝食後、モニカとセシリア、それからドーラを連れたレヴィアが別館を訪れた。
無事にアンジェラたちを誘う事はできたのだが、その際に朝から酒を飲んでいたドワーフのドフリックに見つかり、「勝てば酒を買う金が貰えるんじゃな? ワシも参加するぞ!」と加わってしまった。
「一人あぶれてしまうわね」
「仲間外れは良くないから三人で一緒にやろ、ね?」
「めんどくさいなぁ」
「そんな事言わずに、クーちゃんも頑張ろ!」
「酒はワシのもんじゃ!」
「一緒にするのが認められるならドロミーもパパンと一緒にする。心配」
「親方と呼べ! あと、麻雀はワシ一人でするんじゃ! 報酬は全てワシのもんじゃ!」
「ダメ。ドロミーがママンからお金の管理を任されてる。報酬は勝手に使っちゃダメ」
言い争いをするドワーフの親子と、仲良く頑張ろう、と女の子たちが話をしているのを見ながらレヴィアはどうしよう、とセシリアを見た。
「困ったのですわ。一人足りないのですわ」
「……どなたでもいいのでしたら、数人心当たりがありますが」
「本当ですわ!?」
「例えばほら、あそこにいるじゃないですか」
セシリアが示した先には、ドライアドの後をこっそりとついて回るラピスの姿があった。




