幕間の物語231.深淵に潜みし者は思いついた
暗闇が支配する空間の中で、邪神と呼ばれし神は退屈していた。
癖となってしまっている独り言をブツブツと呟きながら、暇を持て余していた。
「せっかく使い勝手のいいエルフの玩具が手に入ったと思ったのに……まさかイルミンスールから逃げ出した矢先に知の勇者に見つかってしまうなんて、ほんとついてない。やっぱり近接系の戦闘経験がない奴だと見つかったらもうどうしようもないよねぇ。まあ、こっちが手を下すまでもなくすぐに殺してくれたから良かったんだけどさ」
都市国家トネリコの世界樹の使徒だった女エルフを手中に収めていた邪神は、彼女を異大陸へと逃がしていた。
行く先々で呪いをまき散らしていた女エルフだったが、最終的に行き着いたのは都市国家イルミンスールだった。
以前から通信魔道具を用いてやり取りを続けていたイルミンスールの世界樹の使徒を訪れた彼女は、半ば脅す形でイルミンスールの世界樹の使徒と共同生活をする事になった。
共同生活と言っても、ほとんどお互い干渉する事なく生活を送っていた。元トネリコの世界樹の使徒だった女が、自身の体に広がっていた呪いの文様を見られる事を避けたからだ。
イルミンスールの世界樹の使徒は、外部の話が民衆に広まりさえしなければいい、と積極的に女性に関わろうとせず、放任していた。
邪神は嬉々として女性を操り、禁足地の外に出ては夜な夜な恨みを抱いている者がいないか情報収集させていた。
「良い感じに呪いを求める環境づくりができてたのに、それが仇になっちゃうなんてなぁ」
鎖国状態にしていたが、人の口に戸は立てられず、漏れて入ってきた世界樹の真相を知った民たちの怒りの矛先が一気に世界樹の使徒に向かってしまった。
その結果、呪いの力を手にしていた一部の民衆が一気に世界樹の使徒を呪い、亡くなってしまったのだった。
匿われていた女性は当然慌てた。民衆は禁足地に入ってくる事はなかったが、街で「生育の加護を持った転移者を迎えに行った」という情報を得ていたからだ。
このまま禁足地に籠っていても、世界樹の使徒に匿われていた女エルフとして事情は聞かれるだろう。
転移者を出迎えに行ったため禁足地の警備が手薄になっていた瞬間だった事もあり、女エルフは禁足地を出て街の中に潜伏し、逃げる機会をうかがっていた。
ただ、都市国家イルミンスールが開国を宣言しても、他国はイルミンスールで呪いが拡がっている事を知っていた。
商人がやってくる事もなければ、出ていく事もなかった。いや、正確に言うと出て行こうとする者たちはいたのだが、国境付近で追い返されて戻ってきていた。
『なんとかしなさいよ! 神様でしょ!』
「都合のいい時だけ頼らないで欲しいんだけどなぁ」
邪神によって、死ぬことも許されない彼女は邪神に縋ったが、邪神には無関係の者を操る力はなかった。
「まあ、体を貸してくれるって言うなら何とでもできるけど?」
女エルフができないような事でも、邪神であれば平然とできる。
女エルフの中には選択肢がなかった。例え、邪神に身をゆだねている間に意識があり、後に苦しむ事になったとしても体を明け渡すしかなかった。
邪神は女エルフの体を操って馬車を持っている異種族の男に体を売り、尚且つ蓄えていた金銀財宝の一部を譲って馬車を手に入れた。
「あの玩具が訪れた事がない場所だったらどこでもよかったんだけど、東を選んだのは悪手だったなぁ。通った国々には知識神の手の者が入り込んでいるって分かってたから東に向かわせたけど、タイミング悪すぎだよ。……でも、まあいいか。飽きて来たところだったし。次はどうやって暇をつぶそうかなぁ」
邪神の独り言に応える者はおらず、ただ闇の中に消えて行った。
それからしばらくして、邪神の下にある報せが届いた。
『流行病が転移門の影響で広範囲に広がっているようです。ただ、致死率の高い病ではないので死者は少ないようですが……』
「ふーん、そうなんだ。たくさん死ぬような病気だったら混乱に乗じて遊べたのに……つまんないの」
そうは言っても様子が気になった邪神は、各地の信奉者の体をそれぞれ操って様子を見て回った。
確かに転移門が設置されている街に限定して風邪に似た流行病が蔓延している様だった。発生源はおそらくエンジェリア帝国だろう、という話が広まっている事も各地で聞いた。
エンジェリアで広まった流行病は、転移門を通じてガレオールからシグニール大陸のそれぞれの国の首都に広まるだけではなく、異大陸であるクレストラ大陸の殆どの国の首都にまで広がっていた。
ここからさらに地方に広まるかどうかは各国の対応次第だろう。
その様子を見て回った邪神はふと、ある事を思いついた。
「病気のように伝染していく呪いがあったら面白いんじゃないかなぁ?」
その問いに答える者はいなかったが、邪神はまた楽しくなりそうだと怪しげに笑うのだった。




