468.事なかれ主義者は細かな所は丸投げする
ドラゴンさんの食事も無事に終わったので、転移陣を使って会談用に設営されているテントの近くまで転移して移動した。
転移先の周囲は木に囲まれていて、まだ森の中だと分かる。ちょっと不便だけど、転移陣を守るドライアドたちからしてみると周囲に草木があった方が守りやすいらしい。
「それじゃ、転移陣の事よろしくね」
「はぁ~い」
眠たそうな間延びした声音で返事をしたドライアドは、転移陣の一部を取り外すと、転移陣の上にぺたんと座り込んでしまった。
大丈夫だろうか、と様子を見ているとうつらうつらし始めた。どうやらお昼寝……というか二度寝? をするようだ。
「前見て歩け」
「あ、はい」
ラオさんに注意されたので前を見て歩くと、だんだんと木々が少なくなってきて、会談をする予定のテントが見えてきた。
テントの前には以前会った知の勇者タカノリさんと、その護衛の方々に加えて、見知らぬ初老の男性が立っていた。
神官が着るような服を着ているから、十中八九、知識神の教会の関係者だろう。
ぞろぞろとエルフを引き連れて出てきた僕をジッと見つめてくるその男性は、厳つい顔つきをしているからちょっと睨んでいるように見えなくもない。
ただ、最初の挨拶はいたって普通だった。「おはようございます」と僕がぺこりと頭を下げて挨拶をすると、タカノリさんたちと一緒に「おはようございます」と返してくれた。声は低くてイメージとぴったりだった。
初老の男性はタカノリさんたちよりも一歩前に出ていたので、彼に向かってもう一度頭を下げる。
「本日はお時間を頂きありがとうございます。シズトです。よろしくお願いします」
「知識神の教会、大司教のサンデリックです。こちらこそ、こうして話し合いの場を設けていただきありがとうございます」
「立ち話もなんですし、中に入りましょう」
読心の魔道具を起動しているジュリウスから特に合図はないので僕はテントの中に案内した。
周囲の警護をするためについて来たエルフたちはテントの外で待機し、その他の人たちがテントの中に入る。大きなテントだけどやっぱり十人以上入ると手狭に感じる。
向かい合うようにサンデリックさんと椅子に腰かけると、僕たちの背後にそれぞれの護衛が控えるように並んだ。
さて、どう話していこうか、と思案している間に、サンデリックさんが口火を切った。
「今回、話し合いたい事は大きく分けて二つ。一つは『鑑定眼鏡』と呼ばれる魔道具の取り扱いについて。もう一つは『身代わりのお守り』等、対邪神の信奉者向けの魔道具についてです。まずは『鑑定眼鏡』の話からでよろしかったですか?」
「あ、はい」
もたもたしている間に話の主導権を握られてしまったけど、何か問題があればジュリウスたちが止めてくれるだろう。僕はただ真っすぐにサンデリックさんを見つめた。
「まず最初に、我々としては条件付きで『鑑定眼鏡』の取り扱いを公式に認める事を考えております。確かに鑑定をする際に頂ける寄進はそれなりの額になりますが、知識神の加護は『鑑定』だけではありませんから」
確か明も知識の神様から加護を授かっていたな。
「鑑定が民衆に広まれば、今まで気づかれていなかった神々の加護をより見つけやすくなるかもしれません。ただ、良い面ばかりではありません。魔道具を使えば加護持ちが誰か容易に分かるとなれば、誘拐など犯罪に使われる恐れもあります。たとえ信頼できる方に貸し出すだけだったとしても、その人が襲われてしまえば悪しき者の手に渡ってしまいます」
「……そうですね」
「これは条件には含まれていませんが、限られた場所で、限られた者が使うようにするのも一つの手だと思います。それこそ、シズト様が信奉している神々の内の一柱……エント様でしたか? その教会でのみ行うなどすれば、ある程度は奪われるリスクは減るのではないでしょうか」
サンデリックさんが言う事は、皆との事前の話し合いでも出ていた事だった。
鑑定眼鏡を奪われてしまえば加護持ち狩りのような事がより頻繁に発生するようになるだろうという事も懸念点としてあげられていた。
鑑定眼鏡を普及するメリットよりもデメリットが勝るのであれば、使わないのも一つの手だろう。
「それに、鑑定眼鏡を持っている者は、【鑑定】の加護を授かっている者が狙われやすいように、邪神の信奉者から狙われるようになるでしょう。彼らからしたら見つかる危険性が上がりますから。ただ、先程申し上げた通り、ある条件を飲んで頂けれるのであれば、我々は『鑑定眼鏡』の取り扱いにとやかくいいません。我々が担っていた邪神の信奉者狩りを他の者にも担って頂けるかもしれませんから」
「なるほど……条件とは何でしょうか?」
「なに、大した事じゃありません。可能な範囲で構いませんから『身代わりのお守り』を定期的に納品していただきたいのです。あと『加護封じの流星錘』はある程度の数用意して頂けると、なお助かります。知識神の意向により、『鑑定眼鏡』が広まろうと、我々が邪神の信奉者狩りを止める事はありませんから」
「なるほど」
呪い対策で身代わりのお守りは確かに使えるし、『加護封じの流星錘』の有用性も理解して貰えたようだ。
具体的な希望数を聞いてみたけど、どっちも毎日コツコツ作れば可能だった。
心情的に武器を作る事に忌避感はどうしてもあるけど、こればっかりは割り切るしかないだろう。自分で交渉道具の一つとして見せちゃったし、ちょっかいをかけてくる邪神の信奉者を相手してくれるんだから。
細々とした条件や誓文についてはホムラとユキが交渉しておいてくれるそうなので、条件を飲む事を伝えて、鑑定眼鏡の取り扱いも自由にさせてもらう事になった。




