幕間の物語230.元酒乱奴隷ははしご酒をしまくった
正午を伝える鐘の音が街に響く頃、禁足地から二人の男女が出てきた。
一人はシズトという名の人族の少年だ。
新しく世界樹の使徒と呼ばれるようになった彼は、今日はエルフの正装ではなく、普段着ている私服を適当に組み合わせて着ていた。それでも黒い髪に黒い瞳、勇者っぽい肌の色に顔の作りから世界樹の使徒という事は一目瞭然だった。
今日も街の中に足を踏み入れた瞬間にエルフの視線が集中するのだが、本人は「やっぱりエルフじゃないから目立つんだろうね」などと的外れな事を言っていた。
その言葉を肯定も否定もせずにただ微笑んだのはシンシーラという名の狼人族の女性だった。
ウルフカットの髪は栗毛色で、頭頂部付近にはモフモフの狼のような耳がある。ぶんぶんと振られている同色の尻尾のために彼女の服には一部穴が開いていて、それを隠すように尻尾の付け根辺りにシュシュのような物がついていた。
シンシーラはシズトとは対照的に体のラインがはっきりわかる服を着ている。黒のトップスはベルトで絞められたズボンに入れられていて、大きく膨らんだ胸部から引き締まった腰回りにかけて凹んでいるが、大きなお尻のラインに向かってまた膨らんでいる。ズボンはぴったりとしたものをはいていて、足先にかけて細くなっていっている。
シンシーラは嬉しそうに尻尾を振りながらギュッとシズトの腕を抱きしめながら歩いていた。
シズトは二の腕に当たる柔らかい感触を意識から外そうとしているのか、頬を赤らめつつもきょろきょろと視線を動かしていた。
「南側も北とあんまり変わらないね」
「見た目はそうだけれど、中身はちょっと違うみたいじゃん。この街から南に進んだところに港があるらしいじゃん。そこから運ばれてくる商品が並びやすいから、外国産の物が多いって見ていて思ったじゃん。ただ、最近は鎖国していた事や邪神の信奉者がいたから商人たちが寄り付かなくて、良い品物はほとんどなかったじゃん」
「そうなの? じゃあ北側の街だけの方がよかったんじゃない?」
「そんな事ないじゃん。時間は八時間もあるから、いろいろなお店に行く事ができるじゃん」
歩いて回るだけだととても回り切れるものではないが、広い街の中には乗合馬車が走っている。ただ、最近は利用者が激減しているため開店休業状態だった。
もはや貸切状態の馬車に二人が乗ると、馬車が走り出した。
「……話では聞いてたけど、バスって言うよりタクシーって感じだね」
目的地に到着すると乗合馬車が停まり、シズトたちを下ろすと走り去っていってしまった。
その様子を見送ったシズトがぽつりと言った言葉をシンシーラは不思議そうに首を傾げたが「なんでもない」とシズトが言ったので特に追及はしなかった。
(ホムラ様なら意味を理解できたはずじゃん。後で聞いてみるじゃん。『ばす』と『たくしー』って言ってたじゃん)
シズトが言った言葉をしっかりと覚えておこう、と心の中で何度も反芻しながらもシンシーラはシズトの腕を逃がさないようにがっしりと抱き着いていた。
シズトは抱き着かれている右腕の先をどこに向かわせればいいのだろうか、等とどうでもいい事を考えながらシンシーラの歩調に合わせて歩く。
二人が向かった先はメインストリート沿いにあった大人向けの飲食店だった。
店内に入るとエルフの女性が複数人整列して、二人を出迎える。
「いらっしゃいませ」
声を揃えて出迎えの言葉を言ったエルフたちの扇情的な格好を見て、シンシーラはギュッとシズトの腕に抱き着いた。尻尾もブワッと膨らんでいる。
「ご予約されていたシンシーラ様ですね。カウンター席へどうぞ」
その様子を見て悟ったエルフの女性たちは、手で奥のカウンター席を指し示すと、各々の仕事に戻っていった。
カウンターの向こう側にはバーテンダーの格好をしたエルフの男性がグラスを磨いていた。
薄暗い店内の中、どこに座るべきだろうかとシズトが考えている間にシンシーラはシズトの腕を引っ張ってバーテンダーの正面の席に座った。
「ご注文は?」
「私は一番人気のお酒にするじゃん。シズト様にはノンアルコールの物を出してほしいじゃん」
「かしこまりました」
「後つまむ物も適当に欲しいじゃん。シズト様はどんなものが欲しいじゃん?」
「んー……お酒メインっぽいし、がっつりとしたご飯はなさそうだね」
バーテンダーの男がスッと差し出したメニュー表をジッと見ていたシズトだったが、とりあえずフライドポテトと燻製チーズ、それからアヒージョを頼んだ。
目の前でシャカシャカとシェイクされる様子を「お~~~」と眺めているシズトの横顔を、シンシーラはじっと見ている。
最初に出されたのはシンシーラの頼んだお酒だった。そのすぐ後に、シズトの前にオレンジジュースが出される。
「とりあえず、乾杯」
「乾杯じゃん」
グラスを軽く掲げて乾杯すると、シンシーラは一気にお酒を飲み干した。
「アルコール弱いじゃん。強い物はあるじゃん?」
「他国からの物流が止まっているので種類はありませんが……イルミンスール産の果実酒でよければあります」
「じゃあそれをお願いするじゃん」
「あんまり飲み過ぎないでよ?」
「これがあるから大丈夫じゃん」
シンシーラは首につけられた黒色の首輪を指差した。『酔い覚ましの魔道具』という名の魔道具で、ある一定の所まで行くと酔いを醒ましてくれる魔道具だった。
シズトは困った様な笑顔で「道具は過信しない方がいいと思うんだけどなぁ」と呟いたが、シンシーラは付け加えるように「それに酔っぱらってもシズト様がお世話してくれるじゃん?」と言って歯を見せて笑った。
その後、ほろ酔い状態のシンシーラのスキンシップが激しくなったのは言うまでもない事だった。




