466.事なかれ主義者はいろいろ気になった
ドラゴンさんの食事が無事に終わったタイミングでキラリーさんが戻ってきた。
観光名所や人気のお店などを彼女や他のイルミンスール出身のエルフたちに聞いてから、それぞれ行動を開始した。
パメラは何度もシンシーラに勝手に飛んで行かないようにと釘を刺されていたし、ルウさんに手を繋がれていて捕まっていた。
ラオさんも「勝手にどっか行ったら払わねぇからな」と言っているしきっと大丈夫だろう。
「お待たせしました、マスター」
そう言ってテントから出てきたのはホムラだ。
着替えるという事で待っていたんだけど、いつもの魔法使い然とした格好から一変した。
真っ白なワンピースは丈がふくらはぎくらいまであって、上品な感じがする。ちらりと見える華奢な足は、日焼けをした事がないのかと思うほど真っ白だ。
いつも被っているとんがり帽子ではなく、つばの広い白い帽子を被っていた。
人形のように整っている顔立ちから近寄りがたい感じがするけど、無表情だからよりそう感じてしまうのかもしれない。
……いや、笑顔を向けられたらそれはそれで緊張する、かも?
「どうかされましたか、マスター?」
「え、いや、なんでもない。その帽子、似合ってるね」
「ありがとうございます、マスター」
にこりともせずに礼を述べるホムラは、僕の手を握ると「それでは参りましょう、マスター」と言って歩き出した。ラオさんたちとは真逆の方角に向かって。
お互い気を使うといけないから、という事でラオさんたちは南、僕たちは北の街を散策する事になった。
僕はホムラの歩調に合わせてゆっくりと歩きながらどこに向かうか尋ねる。
「そうですね、マスターのご希望が特になければ散策している間に気になったところに向かおうかと思います。他の世界樹がある都市国家と大した違いはないようでしたから」
「わかった」
何でか分からないけど、都市国家イルミンスールはユグドラシルやトネリコ、フソーと似たような街並み且つ同じような名所ばかりだったのだ。
人気のホテルは勇者向けの高級旅館だったし、食事も似たり寄ったりだ。
まあ、細かな食材の違いはあるだろうけど、ここまで似ているとなると世界樹を起点に街づくりのマニュアルでもあるのか、それとも連絡を取り合っていたとかじゃないとおかしい。
この国にはフソーの元世界樹の使徒が亡命していた可能性があるとの事だったし、連絡を取り合っていた可能性が高いだろう。
それっぽい道具は見つからなかったから、僕たちにバレないように処分してしまったのだろう。
森の中を歩き続けてやっと出た街並みは、人族の街とさほど変わらない。ちょっと木造住宅が多いかな、くらいだ。
大きなメインストリート沿いには建物が並んでいて、普段だったら大勢の人で賑わっているのだろう。今は閑散としていて、歩いているのは住人らしきエルフくらいだった。
だからだろうか。僕たちにめちゃくちゃ視線が集中している。なんか建物の中から見ている人もいる気がする。
「マスター、どうかされましたか?」
「……なんでもないよ」
ホムラとのデートは四時間もある。適当にどこかお店に入ってもそんなに時間はかからないだろう。
当初の予定通り散策しながら気になったお店を見て行こう。
メインストリートから一本外れた小さな雑貨店に入ってみた。
メインストリートのお店に入るとじろじろと遠くから見てくる人たちに丸見えだったからという理由もあったけど、こういう個人商店の方が他の街にないような物があるかも、と思ったからでもある。
店内の商品を見て回るホムラは無表情だから楽しんでいるかは分からないけど、店内に入っても手は繋いだままだ。
「ホムラはアクセサリー着けないの?」
「マスターがくださった物を着けてます」
「いや、それ『帰還の指輪』と結婚指輪じゃん」
手を開いたまま両手の甲を見せるようにスチャッと胸元まで上げたホムラのそれぞれの薬指には確かに指輪が嵌められていた。ただ、それ以外の物は見当たらない。
ホムラの言い分だと、僕が買ってあげた物は身に着ける、との事だったので、ここで何かプレゼントすればいいのかな。出かける前にある程度のお金をキラリーさんから貰ったし。
ただ……アクセサリーの事はさっぱり分かんないんだよなぁ。
あれでもない、これでもないと考えている間に三十分ほどが過ぎてしまっていた。
ただ、その甲斐もあってホムラの瞳の色と同じ宝石がついたブレスレットを見繕う事が出来た。せっかくだから同じ物を買って僕もつける事にしたけど……他のお嫁さんたちにも買うべきだろうか。
そこからさらに悩んだけど、今回はホムラとのデートだからという事で買う事はせずに店を後にした。
メインストリートから数本外れた小道を進んでいると、住人向けと思しき飲食店があった。
他国の者たちがやって来なくなっても人気があるお店のようで、数人のエルフが外に置かれていた椅子に座って順番待ちをしている様だった。
キラリーさんの情報にも小さく載っていたので、きっと大丈夫だろう、とホムラと一緒に列の最後尾に並んだ。
エルフばかりの列に人族のカップルが並んだらそりゃ悪目立ちするよな、とエルフたちの視線を我慢しながらホムラに他愛もない話をして待っていると、座って待っていたエルフたちがいつの間にか店に入っていたので椅子が空いた。
「座る?」
「どちらでも構いません、マスター」
「じゃあ座ろうか。歩き疲れたし」
移動して椅子に腰かけようとしたところで、カランカランと音を立てて扉が開いて、店員っぽいエプロンを着けたエルフが中から出てきた。
「お客様、二名……お二人でしょうか?」
「はい、そうです」
「テーブル席が空きましたので、どうぞ中にお入りください!」
店員さんが扉を開けて待ってくれている。
ホムラと目を合わせると、彼女は特に何も感じていないようで僕の手を引いて店内へと入った。
……中にいたお客さん、出て来たっけ?
そんな事を思いつつも、奥の方に空いていたテーブル席に着いた。
エルフって野菜ばっか食べるイメージだったけど、普通に森で取れる動物や魔物の肉食べるんだよな。
メニューに載っているビーフシチューを見て、何となくそんな事を思った。
注文を済ませて店員が離れて行ったところでホムラに尋ねる。
「ねえ、店内ってもっとお客さんいたよね? 順番待ちをしていたエルフもぱっと見、見当たらないし……迷惑だったかな?」
「マスターが迷惑なんて事はあり得ません。エルフは見た目が似ているから見分けがつかないだけではないでしょうか」
「まあ、そうかもしれないけど……店内で食事をしていたはずの人たちはどこに行ったのさ」
「出入口が複数あるのではないでしょうか、マスター。他の店で見た事があります」
「……なるほど?」
そういう事もあるのか、と一先ず納得して運ばれてきた料理を堪能した。
ビーフシチューも、本日のデザートとして出てきたよく分からない物も、ハーブティーもどれも美味しかった。
流石オススメのお店に載っていただけの事はある。
そんな事を思いつつお会計を済ませて案内された出口は、僕たちが入ってきた扉だった。
「ご近所の方専用の裏口があるのかもしれません、マスター」
「なるほど………?」
流石、ご近所さん御用達の飲食店だな、なんて事を思いつつ、二人だけのデートを続けるのだった。




