464.事なかれ主義者はやれる事をやるだけ
感染症、と聞いてまず思い浮かぶのは風邪、インフルエンザ、ノロウイルスあたりだろうか。
手洗いうがいの徹底と、換気する事は各々ができる事だ。あとは外出の自粛とかだけど……ファマリアではまだ病気が流行っていると聞いてないから、そこまでしなくもいいか。
集団生活をしている町の子たちのためにも、対策グッズなどを作って行こう。
世界樹ファマリーのお世話を手早く済ませたら、ノエルの部屋にお邪魔する。
屋敷の三階にある彼女の私室は、魔道具作りの工房と化しつつある。
彼女の弟子である人族の少年エイロンと、ドワーフ族の女性エルヴィスが使うための机は壁際に配置されていて、その机の上にはたくさんの魔道具を作るための道具っぽい物や材料が並んでいる。
ノエルの机と異なる点を言うと、二人の机の引き出しには何も細工をしていない事だろうか。
ノエルの机の引き出しの一つは、アイテムバッグと空間を共有している。机そのものが魔道具のような物だった。
元々は僕が使う予定だったけど、毎日魔道具作りしている彼女が使った方がいいだろう、という事で僕は作業をする時、彼女の机の隣に適当に作ったテーブルを使っている。
窓から見える景色を時折眺めながらせっせと魔道具を作っているのだが、隣のノエルはノルマを終えたのか、僕が作って床に置いておいた木箱のような見た目の物をしげしげと眺めていた。
「埃吸い吸い箱………じゃないっすね。脱衣所にある送風機を箱型にしたものっすか? それにしては魔法陣の線が違う気がするっす……。魔力を流すと……風が出てくるんすね。でも、羽根も何もない。そうなるとやっぱり埃吸い吸い箱に近い物なんすかね?」
「それは加湿器だよ。取り込んだ空気に含まれている水分を増やして、乾燥対策しようかなって」
「乾燥対策すれば病気を予防できるんすか?」
「流行病がインフルエンザとか風邪と似てるやつだったらできる……んじゃないかな? なんか乾燥してたらよくない、みたいな事聞いたことがある」
「そうなんすね。……こっちの布はなんすか? 読み取れない程細かいっすけど」
「拭いた物についている菌を取り除いてくれる『除菌布』だよ。ただ、これは取り扱いを気を付けないといけないんだよ。良い菌も除去しちゃうから誰でも使えるようにはしないつもり」
本当だったら置くだけで空気中の菌を除菌! なんて事が出来たらいいんだけど、体に害のある菌だけを除菌する事は無理そうだったからこういう形にした。
嘔吐物の処理の時の仕上げに使えたら便利かな、と思っている。
「そもそもボクたちじゃ作れないっすよ、これ」
「だよね。そっちの布マスクの方はどう?」
ノエルは僕が指を差した白い布マスクを見た。
ジューンさんにお願いして作ってもらった布マスクに、魔法を付与して魔道具化した物だ。
魔道具の効果としては、通過する空気中に含まれている浮遊物をキャッチして通過させない物らしい。
ウイルスはもちろん、粉塵なんかも通さないので工事現場でも使えるかもしれない。
魔石を入れる部分を作るのは手間だったので、使用者の魔力を使う形にしてしまった。
「こっちも無理っす。結界魔法の一種じゃないっすか、これ? 『セイクリッド・サンクチュアリ』とかそっち系の物っぽい感じはするっすけど、見た目がそれに似てるってだけでどれがどの効果か分かんないっすよ」
「………結界魔法なんだ、それ」
確かに、結界魔法は臭いを遮断したり、外から見え無くしたり、魔物を入れなくしたりと色々あるけど、中にいる間はずっと呼吸できたな。
それならウイルスだけを通さない魔法は……んー、思いつかない。
そもそも人の体の中に入っているウイルスをどうやって通さないかとかもあるのかも?
「ノエルもできないなら、他の子たちじゃ難しいか……」
別館で暮らしているジューロちゃんや引き籠っていて数回しかあった事がないボルドも無理だろう。
まあ、もしかしたら偶然できるかもしれないし見てもらおう。あと、クレストラ大陸にある魔法の国クロトーネから派遣されている人たちにも。
たまたまでもいいから量産出来たら、町の子たちの分まで行き渡らせる事が容易になるし。
ただ、それまでは僕がせっせと作るしかないか………。
「当分はただのマスクでお願いしようかなぁ」
マスクが意味ないタイプの感染症だったらどうしようもないけど、とりあえずお金を使うという意味でも発注かけといてもらおう。
人の口には戸が立てられない。
感染症対策をし始めて一週間が経った頃、エンジェリアで起きている事がだいぶ分かってきた。
確かに風邪のような感染症が流行しているらしい。ただ、エリクサーが求められたのは別の理由だった。
「第一王子が呪いを受けて戦場から帰って来たみたいですわ」
朝ご飯を食べ終えたレヴィさんがお腹をゆっくりと撫でながら新しく入った情報を教えてくれた。
ランチェッタさんも同様の内容を手に入れていたのか驚いている様子はない。
「あれ、でもレヴィさんはエリクサー効かなかったんじゃなかったっけ?」
「ちゃんと効いてるのですわ。それでも強力だったのか分からないのですけれど、痕が残ってしまったのですわ。それに、呪いを受けてエリクサーで治った人はもう一人いるのですわ」
そう言って彼女が視線を向けたのは、魔力マシマシ飴を舐めながらのんびりしていたルウさんだった。
確かに加護の種類は分からないけど、呪いを受けてずっと眠って過ごしていたと聞いた。
「そこら辺は私よりもラオちゃんの方が詳しいと思うわ。私は寝て起きたら数年経ってただけだもの」
「つっても、アタシも呪いについてはよく分かんねぇぞ? 寝たきりって言うか、仮死状態みたいなものだって言われてたけど、何でそうなってたのかも分かんねぇし」
「まあ、何にせよ、風邪っぽい流行病は流行しているんだったらとりあえずそれの対策をしつつ、呪いの対策もすればいいよね。向こうではその二つを軸に量産するから、アイテムバッグの中から適宜使ってね」
今日からまたミスティア大陸に転移して、イルミンスールのお世話が始まる。
一週間くらい向こうにいるからこっちで何か起きないか心配だけど、やれる事を一つずつやっていくしかない。
そんな事を思いつつ、食事を済ませたらミスティア大陸に向かうのだった。




