463.事なかれ主義者はデートを延期してもらった
イルミンスールから戻ってきてすぐにユキやルウさんとデートした翌日の朝。
いつも通りの時間に目が覚めると、ベッドの中には僕だけだった。
布団に残る微かな温もりから、先程まで寝ていたという事は分かるけど、いつものごとくノエルは朝早くに目が覚めると自室に戻っていったようだ。
今日から一週間ほどはこっちで過ごす事になるから、邪神の信奉者の事で気を張らなくていいのは助かるんだけど……。
「今日から二倍かぁ……」
イルミンスールで一週間ほど過ごした事もあり、夫婦の営みをまったくしてこなかった。
向こうに転移する前にレヴィさんから「戻ってきたら皆はたくさんしてもらうつもりだ」という事は聞いていたけど、昨日も他の人たちから「楽しみにしている」等釘を刺されてしまった。
昨日は戻って来たばかりだから、という事でいつも通りのお世話係のローテーションでノエルだけだったから助かったけど……ちょっと不安だ。
本気で拒否すれば、やめてくれるんだろうけど……まあ、うん。とりあえず着替えるか。
着替え終わる直前にノックをされたかと思ったら、返事をする前に扉が開く音がした。慌ててズボンを履き終えた所で黒い髪をとても長く伸ばした少女がパーテーションの向こうから姿を現した。
「おはようございます、マスター」
「おはよう、ホムラ。返事をしてから入ってくれると嬉しいな」
「前向きに検討させていただきます、マスター」
これは実行に移してくれないパターンの言い方ですね。
「食事の準備はできているようです。いかがなさいますか? 入浴されるのであればお背中お流しします」
「今日は朝からしてないし、大丈夫」
「……今日はノエルの日でしたね。かしこまりました、マスター。それでは、食堂にご案内します」
案内されなくても僕の家だから問題なく行けるんだけど……等という事はなく、大人しくホムラの後をついて行く。
道中でノエルの部屋の前を通ると、丁度彼女も部屋から出てきた。
まだ朝の挨拶をしていないので軽く手を挙げて「おはよ」と挨拶をすると、彼女は大きな欠伸をして「はよっす」と同じく手を挙げた。
案内をするために少し前を歩いていたホムラがピタッと足を止めて、ノエルをジッと見た。
「………」
「お、おはようございますっす!」
ホムラがいる事にやっと気づいたのか、慌てた様子で挨拶をし直したノエルを見て、満足そうにホムラが頷くと再び歩き出した。
「た、助かったっす……」
「良かったね」
「何他人事のように言ってるんすか。シズト様がいけないんすよ?」
「なんで?」
「挨拶が軽すぎるっす。軽い挨拶には軽く返してしまうものっす」
「そうかなぁ。エミリーとかは丁寧に返してくれるから、ノエルの問題じゃない?」
「いーや、違うっすね。それはエミリーが真面目だからっす。試しにパメラに同じように挨拶して見ればいいっす」
「……パメラには丁寧にあいさつをしても軽い挨拶しか返ってこないんじゃないかな」
「…………それもそっすね」
階段を下り切ってエントランスホールを横切り、廊下を奥に進んだところに食堂がある。
扉を開けて中に入ると、どうやらルウさんが昨日の話をしていたようだ。
お酒をめちゃくちゃ飲んでいたのに、今日も朝からとても元気なルウさんは、僕と目が合うと嬉しそうに笑って「シズトくん、おはよう」と挨拶をしてきた。
「おはよう、ルウさん。二日酔いとかになってない? 大丈夫?」
「二時間しか飲んでないから、全然大丈夫よ。ね、ラオちゃん」
「まあ、昔と比べたらそのくらいは全然だな」
全然大丈夫なのにあんなに絡んできたのか。
何とも言えない気持ちになりつつも、皆に挨拶をしながら席に着く。
全員揃っている事を確認してから、手を合わせて食事前の挨拶を唱和した。
「エンジェリアの情報って何か手に入った?」
柔らかい食パンっぽい物にレモンのマーマレードを塗りながら視線をジュリウスに向けると、彼は首を縦に振った。
「どうやら流行病が流行っているようです」
「流行病?」
「はい。エンジェリア帝国の上層部も数人、発症した者がいるのでしょう。ただ、致死性の高い物ではないようですので、わざわざ使者を送ってまでエリクサーを求めた理由は分かりませんが………」
「そっか……。ガレオールってエンジェリアと転移門で繋がっていると思うけど、大丈夫なの?」
「まだ伝染病が蔓延しているという話は聞かないから、今のところは問題ないんじゃないかしら。ただ、気を付けた方がいいのは間違いないわね。どんな病気か分からないし、各種病気用の薬を調合しておくように薬師ギルドに打診しておくわ。あと………万が一の事も考えて、しばらくわたくしはこちらに来ないようにするわ」
妊娠組のためですね、分かります。
発症したらすぐ治せるようにエリクサーを常備するようにしておくけど、無症状だと気づけないし、胎児にどんな影響が出るか分からないもんね。
ランチェッタさんとディアーヌさんには申し訳ないけど、お言葉に甘えてしばらくは文通をして過ごす事にしよう。
「ホムラ、申し訳ないけどデートはまた今度でいい? ちょっと今日は感染症対策の魔道具何か思いつかないか考えたいから」
「問題ありません、マスター」
「ありがと」
ホムラの口周りについたジャムを拭ってあげると、彼女はまたパンにかじりついた。
………食事が終わるまでは口の周りを拭ってやらなくてもいいような気がしてきた。




