461.事なかれ主義者は特に思いつかなかった
世界樹イルミンスールのお世話をし始めて一週間ほどが経った。
今日も時間通りに目が覚めたので、着替えを済ませたら自室と化している小さなテントから出て、クーが眠っているテントに向かう。
「クー、僕はもう起きるけど、どうする?」
「………おんぶしてー」
テントの中から返事が聞こえたので中に入ると、布団の上でゴロゴロしていたクーが目の前で姿を消して、背後に転移してきた。
そのままクーを負ぶって、外に出ると既に皆起きている様だった。
僕は皆に挨拶をしながら世界樹の方へと向かい、世界樹の様子を確認しつつ【生育】の加護を使う。
イルミンスールの見た目に変化はないが、この地のドライアドたち曰く、長期間眠っている状態だったものが起きて活動を始めているらしい。
他の世界樹の時もそれほど時間もかからずに葉っぱが生い茂っていたし、たぶん心配しなくてもいいだろう。
「一週間くらいは放っておいても大丈夫ー」
そう言ってくれたのは、この地のドライアドたちの中で最年長のドライアドだ。
ドライアドって小柄で、大きくなっても冒険者夫婦の娘であるアンジェラくらいだと思っていたけど、パメラと同じくらいの背丈まで成長していてびっくりした。どうやらこの地のドライアドは肌が緑色という事に加えて、背丈も割と高くなるらしい。
頭の上に生えている花は向日葵の花が咲いているので「向日葵ちゃん」と呼んでいる。
向日葵ちゃんのお墨付きも貰えたので、朝ご飯を食べたら向こうに戻ろうかな。
そんな事を考えながら、恒例となった屋外での食事をするために皆が集まっている所に向かう。
即席で作ったテーブルと椅子は暇な時間に形を整えて、装飾を凝ってみた。まあ、ゼロから生み出す発想力はないので、見様見真似なんだけど。
テーブルに並べられた食事は周囲にいい匂いを漂わせているが、それ以上に香ばしい匂いを振りまいているのは近くでバーベキューをしているエルフたちだ。
彼らは大きな肉の塊をせっせと焼いては塩で味付けをしていた。
それをにゅっと首を伸ばして覗き込んでいるのは、このイルミンスールの根元に棲みついているエンシェントツリードラゴンという魔物だ。Sランク以上だから下手に敵対するより、良好な関係を築いた方が良いだろう、という事で僕たちの食事の度に世界樹の番人たちには餌付けをお願いしている。
シグニール大陸に残っているジューンさんやエミリーには状況を説明する手紙を書いておいたので、食材が無くなる心配はなさそうだ。
食費だけで考えても大変な出費な気がするけど、溜め込み過ぎている自覚があるお金を使うタイミングだと割り切って目を瞑っている。
「すぐに帰るデスか!? 食後の麻雀はどうするデスか!」
「いや、もう集計もしたし、お終いだよ」
僕が朝ご飯を食べたら帰ろうと思っている事を伝えると、パメラが抗議してきた。
帰りたいと駄々こねていたのに、麻雀をし始めたらこれだ。
問題を起こす前にこのギャンブル好きを何とかしなくちゃいけないな、と思いつつも解決策は思いつかないので、一先ず身内だけで麻雀をして発散させるしかないか、と思って毎日やっていたらすっかりハマってしまった。
最初はただ遊んでいただけだったのに「普通に麻雀していてもつまらないデス!」と言い始めたパメラに負けて、得点を記録して順位に応じたご褒美が貰える事にした。
各々のお金を賭けたら損する人が必ず出るからあんまり乗り気じゃない人も出るけど、順位に応じてご褒美をあげるという事になったら、ほとんどの人がやる気を出した。
「お小遣いのボーナスが欲しかったデス……」
最下位のパメラは特にご褒美なしだ。東場までは調子がいいのに、南場に入ると一気にあがれなくなり、振り込んでしまって結局マイナスになる事が多かった。
七位は数合わせとして入ってくれたジュリウスだ。ただ、彼は意図的に誰かに振り込んでいる様子が見受けられた。それでもパメラよりも順位が上なのは、それだけパメラが点数を取られ過ぎたという事だろう。
「ジュリウスはお金でいいよね?」
「はい」
六位は僕だったので、ジュリウスと同じく無難に賞金を貰って置く。
今回の賞金はシグニール大陸で使える通貨ではなく、ミスティア大陸で流通している通貨だ。ジュリウスの二倍の金額である金貨一枚を受け取った。
安全が確保出来たら街で食べ歩きでもしようかな。
ここから先の順位はラオさん以外お金の代わりに、ある権利を受け取った。それぞれの求める事が違ったので、折り合いをつけるのが難しく、結局、僕と二人だけで過ごす事ができる時間をあげる事で解決した。
五位のユキは一時間、ルウさんは二時間で、ホムラが四時間、シンシーラは八時間だ。
一位のラオさんは十六時間になるはずだったんだけど「別にそういうのはいらん」という事で金貨三十二枚を受け取っていた。
「二時間………何しようかしら?」
「元々やろうとしていた事でいいんじゃねぇか?」
「それだと二時間も要らないわ。無駄なく二時間を過ごすのならしっかり考えないと……」
「は、八時間も何すればいいじゃん……」
頭を抱えているシンシーラは、元々尻尾モフモフしてほしいと希望を出してきていた。八時間もモフモフし続けるのはシンシーラは耐えきれないだろうし、僕もしんどい。何かしら考えておいて欲しい。
ルウさんはホムラとユキと同じく僕のお世話を所望していた。元々かかる時間を考えたら、ホムラはやる事は変わらないだろうけど、ルウさんとユキは何かしらプランの変更を考えないと時間が無駄に余ってしまうだろう。
まあ、そうなったらそうなったで別の事をすればいいんだけどさ。
朝食の席では、ご褒美をどう使うのか、という話で持ちきりになったが、僕はその間、せっせとクーの口の中にご飯を運び続けながら、お留守番をしてくれた人たちへのご褒美は何にするべきか考え続けるのだった。




