幕間の物語225.知の勇者は喉から手が出るほど欲しい
知の勇者タカノリは、ミスティア大陸の中でも一番国土が広いウィズダム魔法王国に召喚された勇者の一人だった。
生憎、彼は戦闘に直接関係のある加護ではなかったが、幸か不幸か、ウィズダム魔法王国で主流の宗教だった知識の神ナレジから加護を授かった勇者、という事で手厚く保護されていた。
現地の女性と無事に結ばれ、子どもも生まれ、幸せの絶頂にいた彼だったが、子どもに加護が授かっている事が分かると、上層部の命令で邪神の信奉者の討伐をする事になってしまった。
いつかはそうなるだろうな、と漠然と感じていた彼は、優秀な冒険者として有名だったトシゾーに護衛を依頼し、各地を渡り歩くようになった。
今回もまた、神の啓示とやらで指定された場所であるイルミンスールにトシゾーとその連れの者たちと一緒にやってきていた。
入国してから一週間ほど経っていたが、都市国家イルミンスールの表通りを歩いている者はまばらで、かつての賑わいを感じる事は出来ない。
「随分とさびれてしまいましたね」
宿泊している宿の窓から見える景色を眺めながら知の勇者タカノリは呟いた。
これから外に出るという事で、汚れ一つない真っ白なローブを着た彼は、かつての賑やかさを思い出しては面影を探すかのように視線を彷徨わせていた。
「世界樹に関する産業が軒並みダメになっているから仕方ないんじゃないか? あんな見た目の世界樹じゃ、観光名所にもなりゃしないしな」
同部屋で寝泊まりをしていたトシゾーという男が、腹をかきながら言う通り、かつて緑の葉が生い茂っていた世界樹は今はもう、葉が全て落ちてしまっていた。
一つの物に頼り切っている経済はやはり脆いな、と思いながらトシゾーと一緒に世界樹を見上げていたタカノリだったが、突如として世界樹の方に強大な魔力を発する何者かが現われたかと思うと、世界樹全体が数秒間光った。
その光景を道端で偶然見ていたエルフたちは目を丸くしていたし、建物の中にいた者は慌てた様子で何事があったのか確認するために外に出ていた。
ただ、世界樹の発光現象は、すべてのエルフたちがその光景を目にするほど長くは続かなかった。
先程までほとんどのエルフが建物の中に潜んでいたのに、通りにわらわらと出てきた様子を眺めながらタカノリは呟く。
「どうやら、いらっしゃったようですね」
「シグニールに転移してきたっていう奴か」
「友好的な人物だといいんですけどねぇ」
そうでなければ、何のためにわざわざこんな所までやってきて邪神の信奉者を追っているのか分からなくなってしまう。
タカノリは左手の薬指に嵌められた指輪を指でなぞりながら、そんな事を思うのだった。
謁見の希望を出した翌日には、タカノリたちは禁足地と呼ばれている世界樹周辺に広がっている森の前にやってきていた。
周辺を取り囲んでいるのは、武装して仮面をつけたイルミンスールのエルフたちだった。
「随分と物々しいな」
「呪いが拡がっていますからね。当然の対応でしょう」
万が一にも世界樹を育てる加護を授かった者に何かがあったら、今度こそ取り返しがつかないかもしれない。
エルフたちがそう思って過剰ともいえるほど人員を割くのは仕方のない事だろう。
例え、守る対象である人物がそれを望んでいなかったとしても。
「どうやら来たようですね」
森の奥から現れた白を基調とした布地に金色の蔦の刺繍が胸よりも上まで施された服を着た少年だった。
まだあどけなさが残る顔立ちの彼の身につけている物を見て、ピクッとタカノリは眉を動かした。
タカノリは【鑑定】の加護を使って護衛されながらやってきた人物と、周囲にいる者たちを鑑定しようとしたのだが、黒髪の少年がかけている眼鏡型の魔道具の効果を知り、どうした物かと瞬時に思案したが、一先ず挨拶をするために跪いた。
「お初にお目にかかります。知識神の神官タカノリと申します。邪神の信奉者と敵対する事が多い身ですので、名前だけお伝えする無礼をお許しください」
「あ、はい。じゃあ僕も名前だけで……シズトです。よろしくお願いします。とりあえず……お立ちください……?」
タカノリと彼について来た護衛は、立ち上がって改めて目の前の少年を見た。
前世の日本だったらどこにでもいそうな若者だったが、事前に集めた情報によると少なくとも二か国のエルフの国を統治しているとの事だった。
ただ、そんな雰囲気は全くなく、むしろ交渉事には慣れていないようにすら見える。
護衛のエルフに何やら指示を受けているようで、耳打ちされている内容に何度か頷くと「立ち話も何ですし、とりあえず中に入りましょう」と、シズトは事前に設営されていたテントを指差した。
獣人の中でも遊牧をしながら生活をしている者たちが使っている頑丈な物だ。
獣人の国に訪れた事もあるタカノリは、それを見た事があった。
中に不審な物がないかは事前に確認済みだったため、特に拒否する事もなく後に続く。
テントは高さも広さも十分あったが、シズトが連れてきた護衛がぞろぞろと中に入ると流石に狭く感じるため、中に入ったのはタカノリとシズトとそれぞれの護衛数名だけだった。
「クー、大人しくしててね」
「はいはーい」
テントの中に用意されていたソファーに、背負っていた少女を下ろしたシズトは、その隣に腰かけた。
当然の様に少女はシズトの太ももに頭を乗せたが、シズトは「この状態でもいいですか?」と尋ねてきたのでタカノリは頷いた。
「多くの女性を満足させるのは勇者の責務ですからね」
彼の後ろにいる者たちが着けている指輪と、シズトが着けている指輪が同じ物である事を瞬時に見抜いていたタカノリは優しい笑みを浮かべてそう言ったが、シズトは「この子はそういう訳じゃないんですけど……」と口ごもった。
あんまり突っつかない方がいいか、とタカノリは判断すると、もう一度謁見の機会を貰った事に関する感謝を述べた後、話し始めた。
「イルミンスールに邪神の魔の手が迫っています。国として、ご協力していただけますと幸いです」
「あ、はい。もちろんです。できる範囲の事であればお手伝いさせていただきます。早速なんですけど、邪神の信奉者対策グッズを見ていただきたくてですね。もし実戦で使えそうって言う事だったら貸し出ししようかなぁって」
「……グッズ?」
タカノリは不思議そうに首を傾げたが、二人の間に置かれた机にいそいそとシズトがアイテムバッグから取り出す品物を鑑定すると、その顔色を変えた。
(ちょっとエルフたちに協力するように命じて貰えれば良かっただけなんですけど……)
そんな事を思いつつ、どう話をしていくべきか考えるタカノリをよそに、シズトはせっせと並べながら自作の魔道具たちの紹介をし始めるのだった。




