幕間の物語221.勇者は慣れた
シグニール大陸に転移した勇者一行である金田陽太、黒川明、茶木姫花の三人は、今日も『離れ小島』のダンジョンを探索していた。
雪山の階層は猛吹雪によってなかなか思うように進む事はできなかったが、同じ世界からの転移者である静人から貸し出された魔道具を使う事によって、踏破する事ができた。
細かな調査を行えば金になりそうだったが、フィールドの探索はせずに最短ルートで駆け抜けた。
懐事情を考えると少しでも金目となる物を見つけておきたい三人だったが、探索を日帰りで行っている事もあって無駄に時間をかけるわけにもいかなかったのだ。
「こういう火山の中の洞窟が元となっているようなとこだったら、宝石とか鉱石とか取れるんじゃねぇの?」
先頭をお目付け役であるラックと共に進んでいた陽太が、周囲の警戒をしながらぼやいた。
ここ最近、お目付け役であるラックにダンジョン探索をするうえで気を付けるべき部分や、戦闘で直すべきところを指南されていた事もあり、ダンジョン探索の様子だけを見れば、立派な冒険者だった。
ただ、女性関係は依然としてだらしなく、ドランの娼館に足繁く通っているようだ。
そこら辺の町娘に手を出してトラブルになるよりはましか、と明たちは目を瞑っていたが、娼館に毎日通うとなるとそれ相応のお金が必要となる。
静人から毎日日給として支給されるお金は普通に生活するうえでは十分なのだが、店に通うとなると足りないようで、魔物を見つけると目の色を変えてすっ飛んでいくようになっていた。
「そう、ですね。恐らく何かしら取る事は出来るでしょうね」
通路の壁には稀に宝石のようなきらめきを放つ石も埋まっているようだ。
大きな空洞に出ると、天井はキラキラと輝いている時もある。マグマの海の向こう側にもそれらしきものが壁に埋まっていた。
ただ、それらを取る暇はないだろう。
大きな空洞には、多くの魔物がいる。中でも目を引くのはレッサードラゴンと呼ばれる魔物だ。
龍種の中で一番弱い種類だが、それでもAランクの魔物だ。
空を飛ぶだけでその危険性は高くなるが、他の龍種と異なり、少なくとも数匹の群れを作って行動する。
人語を理解する程の知性はないが、同種と協力して獲物を追い立てるくらいの知能はあるのだろう。
「陽太がこの空洞内にいる魔物を全て倒すことが出来たら採掘をする事もできるかもしれませんよ?」
「おっし、いっちょやってやるか! ってなるわけねぇだろ。そこら辺の火蜥蜴のようにいくか!」
陽太が火蜥蜴と言ったのはサラマンダーというAランクの魔物だ。
レッサードラゴンと同じAランクの魔物だが、空を飛ぶ事もせず、単独行動である事が多いこの魔物相手であれば、今の陽太であれば完封できる。
だが、レッサードラゴンとなると話は別だ。生半可な物理攻撃は鱗に弾かれてしまうし、空を飛んでいる相手に近接戦闘を仕掛けるのであれば、それ相応の空中戦闘に役立つ魔法や加護が必要になってくる。
陽太が授けられた【剣聖】の加護を使えば飛ぶ斬撃を生み出す事も可能だが、遠距離攻撃よりも近距離攻撃の方が威力が高いのは剣士であれば当然だった。
「全員でやればなんとかなるんじゃねぇか?」
「全員って、さらっと俺たちの事を入れていますけどね……ぶっちゃけた話すると、俺たちの実力はBランク相当だと思うから、複数のレッサードラゴンに囲まれたらその時点で逃げ一択なんですが」
二人の会話に割り込んできたのは陽太のお目付け役としてドラン軍から派遣されたラックという男だ。
彼は、名前に反して運が悪い事を自覚していた。
それが原因かは分からないが、素行に問題がある勇者たちのお目付け役、という貧乏くじを引いてしまったわけだが、今が最悪な状況ではないと長年の経験から察していた。
例え、陽太の巻き添えで女性に追いかけられる事になったとしても「この程度ならまあ何とかなるか」と適宜対応していた。
陽太が今通い詰めている娼館を紹介したのも彼だ。
安い所に行って病気を貰ってしまったり、町娘に手を出してトラブルに巻き込まれるぐらいなら、それ相応の値段で信用できる店を紹介した方がまだマシだ、という結論に至って紹介したわけだが、どうやら上手くいっているようだ。
「隊長……じゃなくて、ラックの言う通り、私たちを当てにされても困ります。ラック以外は基本的に近接戦闘しかできませんから。ですよね、シルダー」
「ああ」
シルダーと呼ばれた男に同意を求めたのはカレンという女性だった。
加護を授かっていた事もあり、若くして副隊長の地位についた彼女は今は明の護衛兼見張り役として勇者一行に加わっていた。
姫花の護衛であるシルダーは寡黙な大男だったが、最低限の事であれば会話もする。
ただ、姫花のどうでもいい話は何となく聞き流している事が多いため、シルダーが返事をしている所を見て姫花はムッとした表情をした。
「ちょっとシルダー。私の話には返事しないくせに、カレンさんの話には返事するってどういう事よ」
「必要だからだ」
「私の話に返事は必要ないって事!?」
シルダーは姫花の問いかけに無言で答えると、マグマの方に視線を向けた。
それと同時にマグマの中から飛び出してきたのはサラマンダーという名の魔物だ。
大きな蜥蜴のような魔物だが、その革はマグマをものともしない事で有名だ。
魔物だが、精霊に近い存在という事で強力な火魔法を使ってくる事もあるが、得物が近づくと魔法を使わずに飛び出して噛みついて来る事が多い。
その習性を利用して、サラマンダーをおびき出して狩りをしている所だった。
「皮にあまり傷をつけないでください」
「わーってるよ!」
身体強化を全開にして、一瞬でサラマンダーの懐に潜り込んだ陽太は、【剣聖】の加護によって鋭さを増したミスリルの剣を首元めがけて振った。
ミスリルの剣はサラマンダーの首回りよりも短いため、足りない刀身は【剣聖】の加護で補い、煌めく巨大な剣がサラマンダーの首を襲う。
ある程度の物理防御力があるサラマンダーの鱗に阻まれる事なく、剣が首を一刀両断し、頭と胴体が分かれた。
一瞬にして終わってしまった戦闘だったが、全員油断する事なく周囲を警戒している。
「鞄に入る大きさじゃねぇんだけど?」
「周囲の警戒をしておきます。解体をしてください」
「ハー……めんどくせぇ。シズトにでかい魔物でも丸々入る魔道具作ってもらった方が良いんじゃね?」
「貸し出し品でもレンタル料はかかるんですよ」
「友達割引とかねぇのかよ」
「あるわけないでしょう、そんなもの。前世で親友だったわけでもあるまいし。グダグダ言ってないでさっさと解体してください。血の臭いが漏れないように魔法を使いますけど、その魔力に反応してレッサードラゴンがやってくるかもしれないんですから」
「わーってるよ。ったく、報酬多めにしてもらわんとやってらんないぜ」
ブツブツと文句を言いつつも陽太は手際よく解体していく。ここ最近のダンジョン探索では解体作業を任される事が多いため慣れていた。
お店に通うためにたくさんのお金が必要な彼は、高く売れる素材も頭の中に入っていて、革と魔石だけではなく、肉を回収するのも忘れない。
明たちはそんな陽太を守るように周囲を警戒しながら、近づいて来るファイヤースライムをちまちまと討伐するのだった。




