幕間の物語218.辛党侍女はお腹が心配
クレストラ大陸にある大国ヤマトとの和平条約が結ばれてから数日経った頃、最初に異変に気付いたのは侍女のセシリアだった。
いつものように朝早く起きた彼女はメイド服に袖を通すと、寝息を立てている主の下へと向かった。
大きなベッドの真ん中ですやすやと寝息を立てていたのはレヴィア・フォン・ドラゴニアだ。
彼女たちが暮らしている不毛の大地を管理していたドラゴニアという国の第一王女である。
最近農作業をする事が多いが、肌は日に焼けた様子はなく、真っ白なままだ。
大きく膨らんだ胸部や劇的に痩せた体と同じで、肌もシズトの魔道具のおかげで白さを保つ事が出来ていた。
「シズト様には本当に頭が上がらないですね。……………ん?」
レヴィアを起こそうと手を伸ばしたセシリアの手が止まり、視線がレヴィアのお腹に向かう。
しばし観察している間に、レヴィアがパチッと目を覚まして大きく伸びをした。
「朝ですわ! 着替えて畑の様子を見にいくのですわ~」
「お着替えの準備はすでに終えてあります……が、少々お待ちいただけますか?」
「時間は待ってくれないのですわ! 青バラちゃんが出かける前に、ドライアドたちに指示を出さないとちょっと大変な事になるかもしれないのですわ!」
レヴィアは話をしながら寝間着を脱ぎ捨てると、用意されていた服に着替える。
農作業をするのに適しているからと肌の露出が最低限に抑えられた長袖と長ズボンを身に着けると、シズトが帽子に付与をしてくれた魔道具『日除けの麦わら帽子』を被った。
「シズト様に関わる重要な事です」
「なんですわ?」
レヴィアはセシリアの言葉に動きを止めた。扉のドアノブに手をかけたまま、セシリアの方に視線を向けていた。
セシリアは「私の方を向いて立ってください」と指示を出し、レヴィアのお腹をジッと見る。
その視線の意図を最初、レヴィアは分からなかったようで「太ったのですわ!?」と脂肪燃焼腹巻をアイテムバッグから取り出して身に着けようとしたがセシリアに止められた。
「太ってません」
「じゃあ何なのですわ?」
「微弱過ぎて判然としませんが、ご自身で魔力探知をしてみれば分かるかもしれません」
「……………一大事なのですわ~~~!!!」
まだ日が昇る前の時間の屋敷に、レヴィアの大きな声が響き渡った。
その声に驚いて大勢が集まったというが、シズトはすやすやと寝息を立てて眠っていたので、その一大事を知るのに少し遅れてしまった。
レヴィア懐妊の報せはシズトが起きたタイミングですぐにに伝わった。
農作業をする予定だったレヴィアはそれを取りやめて祠の前で祈っていたのだが、シズトが寝間着のまま外に飛び出してきて、レヴィアの下にやってきた。
黒い髪は盛大に寝癖がついているのを見て、そろそろ切った方が良いだろうな、とセシリアは考えていたがシズトは寝癖の事なんて気にしてられない様子でレヴィアの様子をじろじろと見ながら体調を聞いていた。
「そんなに慌てなくても大丈夫なのですわ」
「え、でも、妊娠したんだよね? 大丈夫なの? 具合悪いとか……なんかそういうのないの?」
「妊娠と言っても、初期の初期なのですわ。まだ微弱な魔力をお腹の中に感じる程度でそれ以外の症状はまだまだ先ですわ」
「……そうなの?」
「はい、私もそのように聞いております。手紙で知らせているので産婆を連れた王妃様がいらっしゃると思いますが、それはまだ先の事かと思います。ですので、まずは神様にお伝えした後、お食事にしましょう」
「その後にできなかった分の農作業をするのですわ!」
「いや、流石にそれはダメじゃない?」
「大丈夫なのですわ~。ほらほら、とりあえずシズトは神様にお知らせするのですわ!」
納得いかない様子のシズトだったが、祠の前で膝をついて座り、目を瞑って手を合わせると動かなくなった。
「どうやら神託を授かっているみたいですね」
「しばらく待つ必要があるのですわ。……近くの畑の草むしりでもしてるのですわ」
「気を付けてくださいね」
「分かっているのですわ」
本当に分かっているのだろうか、と思いつつも、ストレスを溜められるよりはマシか、とセシリアは傍で見守るだけに留めた。
そうして、しばらくレヴィアが草むしりをしている間に、シズトは肌が白いドライアドと、褐色肌のドライアドたちに纏わりつかれていたのだった。
夜、シズトが眠りについた頃。
セシリアはレヴィアと一緒に談話室にいた。
談話室に置かれた大きな円卓を囲むのは、セシリアと同じくシズトと結婚した者たちだ。
話題はやはり、レヴィアが妊娠した事で持ちきりだった。
「これで心置きなくシズトくんと頑張る事ができるわ!」
「やっぱり気にしていたのですわ?」
「そりゃ気にするだろ。レヴィは気にしねぇだろうけど、外野の連中がうるさいだろうしな」
「まあ、万が一妊娠しちゃった場合は、仕方がないって割り切ろうってラオちゃんと話してたんだけどね」
「下ろしたらそれはそれで一部の狂信者が怖いからな」
苦笑を浮かべるラオとルウの気持ちは分からないでもない、とセシリアは心の中で独り言ちた。
彼女自身も主人よりも先に妊娠するわけには行かない、と考えていたからだ。こっそり避妊の効果がある植物を食していた。レヴィアには筒抜けだったはずだが、彼女はセシリアに何も言わなかった。
「私も一安心しましたぁ。レヴィちゃんのお腹の中の子に、無事加護を授けて貰えたんですよねぇ?」
「シズトがそう言っていたから間違いないと思うのですわ」
「私はエルフですからぁ、加護を授かる事は出来ないですしぃ、レヴィちゃんたちの子に加護を授けてもらえなかったらぁ、どうしよ~って思ってたんですぅ」
「まだ産んだわけじゃないから安心できないですわ」
「でもでもぉ、加護を授かった子は他の子と比べて安産になる可能性が高いじゃないですかぁ」
「それでも、私は他の人と違うのですわ。呪いの痕が残っているのですわ……」
レヴィアが自分の背中を気にするそぶりを見せると、その場にいるほとんどの者が笑みを消した。
「……こればっかりは、その日が来るまで今考えても仕方ねぇ。とりあえず、今はストレスを溜めないようにしつつ、腹を大事にすべきだろ」
「それはそうですわね。農作業をする時気を付けるのですわ!」
「本当はやって欲しくないのですが……」
セシリアが心配そうに言うが、レヴィアは「やらないとストレスがたまるのですわ!」と言い、農作業を止めるつもりはないようだ。
これは自分がしっかりせねば、と決意するセシリアだった。




