440.事なかれ主義者は改めて便利さを知った
ジュリウスと合流した後、僕たちは寝泊まりする予定の高級旅館に移動していた。
その部屋の一室で待っていたムサシと、ジュリウスからそれぞれ報告を受けた。
人的被害はなかったけど、物的被害はあったようだ。主にムサシとジュリウスが壊してしまったそうだ。
両手を畳につけて頭を深々と下げたムサシは、土下座したまま謝罪の言葉を口にした。
「申し訳ないでござる」
「怪我した人はいないみたいだし、ここは僕の所有物らしいから大丈夫だよ。むしろ周りに気を使ってムサシが怪我とかしてなくてよかったよ」
ムサシの防具もちょっと汚れていたけど、主に家屋に突っ込んだ時についた汚れらしい。家屋に突っ込むってどういう状況か謎だけど、おそらくムサシが突っ込んだのであろう場所を見たらその凄まじさは伝わってきた。むしろ防具とか服とかよく無事だったな、と感心したくらいだ。
呪いの加護を持っていない者たちは一先ず国に返した。今、旧市街地に残っているのは北部同盟軍の兵士と、各地から買い集めたエルフの奴隷たちくらいだ。
転移門は今回の事もあり、しばらくは閉じている事になった。それぞれの国の偉い人からはビッグマーケットの継続をお願いされるだろうけど、とりあえず邪神の信奉者対策が万全じゃない間は余計な出入りは止めた方がよさそうだ。
以前、陽太たちの加護を知るために何となく作った眼鏡型の魔道具を使えば邪神の加護があるかどうか分かるようなので、門番の数だけ魔道具『加護鑑定眼鏡』を作って配ろうと思う。
門番はユグドラシルから選抜したエルフたちがしているし、裏切る事はないと思うけど、使用者には誓文を交わすつもりだ。相手の加護を知る事ができる魔道具なんて、悪用しようと思ったらいくらでもできるだろうし。
「建物が壊れてしまった場所はどうするのですわ?」
「んー、元都市国家フソーの住人だったエルフたちにそのまま住まわせようと思ってたけど、壊れちゃったんだったら立て直してもいいかもね。ファマリアみたいに集合住宅をいくつか作って、余った土地は畑か広場にでもすればいいんじゃないかな。フソーの住人だったエルフたちの中には大工さんとかいないの?」
「いたとは思うのですわ。ちょっと確認してみるのですわ~」
「レヴィア様、ほとんど人がいないからと言って勝手に行かないでください!」
「ドーラさんもついて行ってあげて」
「ん、当然」
僕に言われる前にドーラさんは動き始めていて、レヴィさんを追いかけて部屋の外に出たセシリアさんの後に続いて行った。
ラオさんとルウさんは僕の護衛という事で部屋に残るらしい。
「万が一の時はお姉ちゃんが逃がしてあげるわ!」
「だからと言って抱き着く必要はないと思うよ?」
胡坐をかいて座っている僕の後ろにルウさんが座って、後ろからギュッと抱きしめてきた。柔らかい感触が当たっている気がする。
ラオさんに助けを求めるために視線を向けたけど、肩をすくめるだけだ。
「それに、お前とノエルが調子に乗って、また変な魔道具を作るかもしれないから、監視は必要だろ?」
「流石に今は新しい魔道具を作る余裕はないよ」
「気分転換だとかいって前作ってただろ」
「できたら見せて欲しいっす!」
ノエルはホムラとユキに監視されながら魔道具を作っていたけど、話に反応して割って入ってきた。
魔道具工房に派遣されてきていたクロトーネの人たちも帰ってもらっているので、その人たちに任せていた分もノエルがせっせと作る事になってしまったのだ。
「ノルマ頑張ってこなしたらね」
「いや、十数人分のノルマをこなすのは無理っすよ!?」
「別に全部をしろとは言ってないよ」
「じゃあ夜まで頑張るから新しい魔道具を見せて欲しいっす!」
「作る余裕があったらね」
時間だけは大量に余っているけど、魔力は有限だし。
とりあえず、お昼ご飯まで魔道具を作ろうかな。
お昼を食べ終えて、魔力切れギリギリになるまで魔道具を作り続けている間に、シグニール大陸でお留守番をしてくれているモニカから手紙が届いた。
モニカは非戦闘員なので、ジューンさんと一緒にシグニール大陸でお留守番をしてもらっている。
「何が書かれてたんだ?」
「別に大した事ないよ。離れ小島のダンジョンを探索してくれてた明たちから、ダンジョンの情報と一緒に、こういう魔道具作ってくれない? っていう希望が来ただけ」
どうやら無事に雪山エリアは踏破できたらしい。下の階層に進むたびに吹雪く日が多くなって大変だという事で、なかなか進む事が出来ていなかったみたいだけど、吹雪いていない時にガンガン突き進んだらしい。
「にしても、雪山の次は火山かー。冒険者って大変なんだね。初心者向けのダンジョンしか入った事がなかったけど、他のダンジョンもこういう感じなの?」
「いや、離れ小島のダンジョンが特殊なだけだな。最初の六十階層ほどが初心者向けなのに対して、それ以降が一気に上級者向けのダンジョンなんてそうそうねぇよ」
「少なくともお姉ちゃんたちが入ったところは最初から上級者向けの階層が続くか、だんだんと難度が上がっていくダンジョンだったわ」
同じ部屋に留まっていたラオさんとルウさんは冒険者だから、それ相応の数ダンジョンに潜っているそうだ。
でも、離れ小島のダンジョンのように一気に難度が上がる所は噂に聞いた程度しかないらしい。
「一気に難度が上がって帰って来れなくなったから報告されてない、っていう可能性はないの?」
「まあ、中にはあるかもしれねぇけど、行方不明の冒険者が多数出たら調査をする事になってるからな」
「その調査隊ですら帰って来れないようなところは、危険なダンジョンという事で立ち入り禁止になる事が多いのよ」
「なるほど」
「都合よく帰るための転移陣が用意されてるわけでもねぇからな」
「そう言った意味だと、あの勇者くんたちは幸運よね。いつでもどこでも帰還する方法が手の内にあるんだから」
ルウさんがまた胡坐をかいて座っている僕の後ろに回ってきてギュッと抱きしめてきた。
耳元で「転移陣の使い方には気を付けるのよ」と囁いてくる。
「交易ルートの大幅変更だけではなく、ダンジョン探索の仕方も大きく変えてしまうでしょうから」
「まあ、付与の神様の信仰が広まれば、遅かれ早かれそうなるだろうけどな」
交易ルートが変わってしまうデメリットは分かるけど、いつでも安全に帰る事ができるのに悪い所なんてあるかな。
疑問が顔に出ていたようで、ルウさんに捕まった状態のまま、しばらくの間ラオさんから今のダンジョン探索の大変さと必要な物について説明を受けた。
……付与の加護ってやっぱり便利なんだな。ちょっとお供え物増やしておこう。




