434.事なかれ主義者は成り行きに任せた
神様から子どもができたらすぐに教えるようにと念押しされた後、のんびりと過ごした。
普段通り過ごしていたつもりだったけど、やっぱりクレストラ大陸にいる間はどこか緊張していたようだ。
ドライアドたちと日向ぼっこをしたり、アンジェラたちと久しぶりに遊んだりして過ごして元通りになった気がするけど、しばらくは緊張する事もなく、のんびりと過ごしたいなぁ。
そんな事を考えている間に、目の前に料理が並べられた。給仕をしているのはジューンさんとエミリーだ。セシリアさんとディアーヌさんは、それぞれの主の後ろで控えていた。
二人の主は仲良くお喋りをしている。クレストラ大陸での出来事や、留守にしている間のシグニール大陸にある国々の動きなど難しい話もあれば、ガレオールの実験農場の話もしていた。
……農業の話になるとやっぱり他の話よりも食いつきいいよな、レヴィさんは。
「シズト様、準備が整いました」
「ありがと」
お礼を言うと、エミリーはぺこりと頭を下げて壁際に控える。
お昼のように一緒の食卓を囲みたいと思うけど、元奴隷だからと一線を引いているようだ。
あんまり無理強いしてストレスを溜められるよりはいいけど、出来れば平等に関わりたいなぁ。
「――というわけで、シズトが手を貸す事になったのですわ」
「それじゃあ近々ヤマトで政変が起きるかもしれないの?」
「そうですわね。まだ目録が送られてこないから分からないのですけれど、その可能性もあるのですわ」
「メグミというお姫様に期待するしかないわね」
……身分差を気にしてるんだったら、子どもが生まれる順番とかも気にするんかな。
結婚をする順番や式を挙げる順番もあったよな。こっちの世界だと当たり前だから仕方ないだろうけど、そうなると奴隷だった人たちの妊娠はしばらく先なんだろうか。
いや、子どもは神様からの授かり物って言うしな。そこら辺の順番は対策しない限りどうなるか分かんないよな。……妊娠をコントロールする魔道具は……神の領域とか言われて怒られそうだからそこら辺は考えない方が良いかな。
「こっちはどうだったのですわ?」
「特に大きな変化はないわね。アトランティアからは今までしていた仕事を回してほしい、って言う要望が来ているけど、好き好んで危険な海路を使おうとする商人はいないから、今までどおりは無理な話だし。ガレオールも関係悪化を望んている訳じゃないから、どう対応するか検討中だけど、補助金を出すか、公共事業にしてしまうかっていう案くらいが現実的ね」
「エルフの国々はぁ、普段通りですねぇ。ファマ様へのお祈りを他の者にも強要しようとする狂信者も一部いるみたいですけどぉ、印象が悪くなってしまいますから取り締まってもらってますぅ」
魔道具に頼らず、誰かが妊娠するのをのんびり待ってればいいのかな。
……この世界に妊娠検査薬とかあるんだろうか。そのくらいは作ってもいいのかもしれないけど……知識が不足しているからか、想像力が欠けているからか、そもそもそんな魔法は存在しないからか分からないけど思いつかない。
んー、と考えながら食事をしていると、なんか視線が僕に集中していた。
「……なに?」
「特に何でもないですけれど……何かあったのですわ?」
「いや、別に何もないけど……」
「お昼はジューンと一緒にいたのですわ?」
「そうですねぇ。祠のお掃除をした後、お祈りをしてからちょっと考え込む時間が増えているように思いますぅ」
どうやら考え事をしながら食べていたら心配させてしまったようだ。
レヴィさんはしきりに指に嵌めている魔道具『加護無しの指輪』を触りながら僕を見ている。
「神様に何かお願いされたのですわ?」
「まあ、そうだね」
「難しい事ですかぁ? エルフたちに協力してもらいますかぁ?」
「イザベラちゃんを通じて、冒険者に依頼をかける事もできるわよ?」
「いや、それはちょっと……」
ジューンさんとルウさんが善意で言ってくれてるって事は分かるけど、冒険者はともかく、エルフに相談したら相手が一気に増えそうだから丁重にお断りした。
魔力マシマシ飴を舐めていたラオさんは、ジッと僕を見ていたけど口から飴を取り出して口を開いた。
「とりあえず、悩んでる事言ってみろ。あれこれこっちが聞くより手っ取り早いだろ」
「……そうだけどぉ」
相談したら相談したでその先の展開は容易に想像できてしまうんですよ。
ただ、妊娠の初期症状についてはうろ覚えだし、検査薬もないし、皆からの報告に頼るしかないから、万が一報告が遅れて他の神様の加護がついてました、ってなったら神様たちからのお小言は避けられないだろう。
「話し辛い事だったら仕方ないのですわ。ただ、どんな事だったとしても、協力するのですわ!」
レヴィさんと一緒に皆が決意している所ほんとに申し訳ないんだけど、そんな大ごとじゃないんすよ、マジで。
何か悩んでいる事がありそうだ、って噂が広がって尾ひれがついたらそれこそ面倒事になりそうだからさっさと言ってしまおう。
「神様に妊娠が分かったらすぐに報告してって言われただけだよ」
小さな声で言ったから聞こえなかったんだろうか。
皆がきょとんとした様子で固まっていた。
「……それが、どうなってあんなに悩む事に繋がるんだ?」
「いや、こっちに妊娠検査薬みたいな物があるって聞いた事ないし、妊娠の初期症状が出るまでは妊娠してるかどうかなんて分からないでしょ? 個人差もあるって聞いた事あるから気づくのが遅れて報告が遅くなったら他の神様の加護がついてしまっていた、とかにもなりかねないし……」
「妊娠検査薬というのがどういう物か知らないですけれど、妊娠したらすぐに分かるのですわ」
「シズトちゃんは分からないでしょうけどぉ、魔力ですぐに分かるんですぅ」
「……どうやって?」
「母体の中に新しい命が宿るとぉ、母体の魔力とは異なる魔力をお腹の中に感じる事ができるんですよぉ」
「……なるほど。魔力って便利だね。やっぱり僕も使えるようになりたいなぁ」
「とりあえず、妊娠したらすぐにシズトに知らせて、三柱にもお祈りでお伝えするのですわ!」
そういう事になって、僕の悩みは解決した。
案ずるより産むがやすし、っていうけど、さっさと言っちゃえばこんなにも悩む事はなかったんだな。
「とりあえず、妊娠しやすい日を把握して、順番を前後させるのですわ?」
「それだとややこしくなるんじゃないかしら。お世話係に加えて、複数人でするのはどう?」
「独占出来ないのは残念だけど、回数が増えるからそれもいいかもしれないわね。ね、ラオちゃん」
「アタシは別に何でもいい」
「一人で相手をできなかった場合、マスターの予定を調整して朝するのはいかがでしょうか」
「ご主人様には頑張ってもらう必要があるけど、それもいいかもしれないわね」
「精のつく食べ物をたくさん準備しないといけないみたいですねぇ」
懸念していた通りの話の流れになってしまったけど、僕にはもうどうしようもない。
皆で仲良く決めてください……。




