幕間の物語212.指揮官たちは目論見が外れた
「こ、この度は急な訪問にも関わらず、お時間を取って頂き誠にありがとうございます。大国ヤマトの大王タケルの娘メグミでございます。こちらは弟のサトリです」
「音無静人です。よろしくお願いします」
「あ、こ、これはご丁寧にどうも…」
座ったままぺこりと頭を下げたシズトにつられて、メグミとサトリも頭を下げた。
頭を上げたメグミは「手短に済ませます」と青い顔のまま話し始めた。
「現在、ヤマト国内において厭戦ムードが広まっています。四ヵ国同盟にヤマト以外の国が加盟した事も大きいですが、なによりも転移門によってもたらされる恩恵が大きすぎるからでしょう。以前までであれば、圧倒的な武力で欲しい物を手に入れていた我が国ですが、転移門を用いれば遥か北の国々から瞬時に軍隊を招集する事も可能なようですし、現実的ではありません。ですが、我が父は大陸統一に執着しているようです。声に出して言うのも憚られる者どもを用いる事も辞さないでしょう」
メグミが心の中で考えた事は、メグミの隣にいるサトリだけではなく、レヴィアにもしっかりと伝わったようだ。
先程までのほほんとシズトと一緒にメグミたちの様子を見ていた彼女だったが、眉根を寄せて口元を引き締めた。
その様子を心配そうにシズトが見ている。レヴィアは「邪神の信奉者なのですわ」と呟いた。
「諫言をする者は悉く処刑され、今の父に物申す者はもう誰もいなくなってしまいました。お恥ずかしい話ですが、我が父はあの神に魅入られてしまったのやもしれません」
「エクツァーの国王が病気で倒れていた、というのもあの者たちの暗躍があったからと言われているのですけれど、それもヤマトが関与していたと考えていいのですわ?」
「そうですね。もう周知の事実のようですが……」
メグミとサトリは元々、ヤマトの息がかかった商人たちを頼るつもりでエクツァーに密入国していたのだが、どの街にも協力者はいなかった。
どうやら少し前に魔道具を用いた調査が行われたようだ。
その情報を察知した商人たちは軒並み姿を消し、つながりがあった新興貴族が没落していた。
その後、新興貴族から邪神の信奉者の情報を手に入れ、潜伏先に突入した兵士たちだったが、そこは既にもぬけの殻だった。
「こちらの大陸でも邪神の信奉者の逃げ足は速いのですわね」
「意図的に強者を避けている節もあります」
「ほんと、厄介ですわ~」
大きなため息を吐くレヴィアの隣で、シズトは何かを思い出すかのように視線を上にあげていたが、メグミの隣で控えているサトリに動きはない。
大した事ではない、と判断したメグミは話を続けた。
「ヤマトの未来のためにも、あの者たちに好き勝手させないためにも、父を大王の座から下ろすのに手を貸していただきたいのです」
「んー……それって、わざわざ火種を作る事になりませんか? 現時点でヤマトと北部同盟の間で戦闘行為はないんですよね?」
「ないと聞いているのですわ」
「それも一時の事でしょう。どのような方法かは分かりませんが、あの者たちを戦場に出してくる可能性もありますし、直接北部同盟の国々に向かわせて呪いを振りまくかもしれません」
「なるほど。それはそれで面倒な事になりそうですね。レヴィさんはどう思う?」
「シズトがしたいようにすればいいと思うのですわ。ただ、被害を最小限に抑える、と考えるのであれば大王を引きずり下ろした方が良いかもしれないのですわ。それでヤマト国内が荒れたとしても、こっちには関係ない事なのですわ」
「荒れている間に北部同盟に攻め込まれる可能性がある、と噂が拡がれば内部争いは終わるかと。あとは次の大王がシズト様に近しい人物であれば……」
「ヤマトに知り合いは……いたな。でも、シュウイチさんとはあんまり仲が良いとは言えないしなぁ」
「その点は心配ご無用です。シュウイチは既に亡くなっておりますので」
「……亡くなった? 病気ですか?」
「いえ。度重なる失敗の責任を取って大王に処刑されました」
「……そう、ですか」
視線を落として何事か考えているシズトを隣に座っていたレヴィアが気遣っている。
メグミは隣のサトリに視線を向けると、彼もまたすぐに話を変えるようにと身振り手振りで伝えようとしていた。
敵対していた者でも、処刑されたと聞くと心を痛めるのか? とメグミには理解できなかったが、話を戻した。
「シズト様とヤマトの王族の誰かが婚姻関係を結び、その者を大王にすればこれ以上ないほどシズト様に近しい者となるでしょう」
「……ごめんなさい、ちょっとボーッとしてて聞き洩らしたんですけど、結婚って言いました?」
「はい」
「誰と誰が?」
「シズト様とヤマトの王族……といっても、年頃の未婚の者は限られるので有力候補は、その、わ、私とかになるかと思いますが……」
「結婚相手はもう間に合ってますので代案をお願いしますー」
「だ、代案ですか? えっと……特に考えていなかったのですが……やはり敵国の姫と結婚するのはお嫌なのでしょうか……?」
「そういう事じゃなくて、ほんともう間に合ってますんで! これ以上いらないんで! っていうか、ヤマトの姫君を迎え入れたらこっちの大陸の王族たちもこぞって打診してくる気がするんで!」
「迎え入れなくても打診をしようという動きは既にあるのですわ」
「もう!? 早くない?」
「世界樹を育てる加護だけじゃなく、転移門なんていう便利なものを生み出す加護はどこの国でも欲しいと思うのですわ」
「全部断っておいてもらえる? ほんと多いんで」
「一国の王ともなると、今の倍以上の側室がいる所も少なくないのですわ?」
「僕は王様じゃないんで!」
「過去の勇者様も倍以上の女性と子どもを作ったっていう記録も多数あるのですわ」
「僕は勇者でもないんで!」
「まあ、シズトがそう望むのであればとりあえず断っておくのですわ」
「そうしてくれると嬉しいかな!」
メグミはポカンとシズトとレヴィアの話を見ていたが、ハッとするとサトリを見た。
彼もまた呆気にとられた様子で見ていたのだが、メグミの視線に気づくと首を振って「本心から出ている言葉のようです」と残念そうに言うのだった。




