幕間の物語211.指揮官たちは入りたくなかった
ヤマト・メグミとヤマト・サトリは、大国ヤマトを出立した後、エクツァーを経由して都市国家フソーに再び訪れていた。
旅の途中は魔道具を用いて変装をしていた二人だったが、転移門を通過した後は変装を解いて駐屯所へと向かっていた。
黒髪の男女が歩けば、普通であればそれだけで注目されるのだが、今は北部同盟にアマテラスが加わった事もあり、それほど目立っていなかった。
周囲をきょろきょろと物珍しそうに見ながら歩いていたサトリが口を開く。
「一刻も早く戦争を終わらせて、転移門を設置してもらわないと、どんどん取り残されそうだな。まあ、今更な感じもあるけど」
「だから我々が来たんだ。もうすぐ駐屯地に着く。気を引き締めろ」
「はーい」
返事が気に食わなかったメグミが振り返ってサトリを睨んだが、そのタイミングで巡回していた兵士に話しかけられた。
変装をしていなかった事もあり、武名と共に顔が知られていたメグミに気付いた兵士が上役に伝えたのだろう。
あっという間に包囲されていた。
サトリとメグミは身に着けていた武具を地面に置くと、両手を上げた。
サトリはメグミを盾にするかのように近くに寄っていたが、メグミは気にした様子もなく隊長と思しき人物を真っすぐに見つめていた。
「我々に交戦の意思はありません。世界樹の使徒様に大事なお話があります。お目通りをしたく存じます」
兵士たちは、自分たちの上司である隊長に視線を向けた。
隊長はしばらく考えていた様子だが、判断ができないからと一先ず武具を預かり、駐屯地の一室に案内するのだった。
「即日会う事が出来るなんて、随分と暇人なんだね」
「口を慎め。余計な事は喋らず、周囲の者の真意を探れ」
「はいはい、分かってますよ」
駐屯地の一室に通されて待たされていた二人だったが、すぐに謁見の許可が下りた。
サトリの返事に目くじらを立てたメグミだったが、タイミング悪く兵士が部屋に入ってきた事で注意しそびれてしまった。
以前は迎賓館として使われていた場所の広間で会う、という事で馬車で目的地へと向かっている所だ。
メグミは歩きながら自身の身なりを確認している。
煌びやかなドレスは苦手だったので、シンプルなドレスを身に着けているが、スカートを履きなれていないため落ち着かないようだ。
晒しを巻いて押しつぶしていた胸の膨らみも、足元が見え辛くなるから邪魔だと感じつつも、せっかく他の者より立派なものを持っているのだから使った方が良い、とサトリに言われたため胸元が大きく開いた服を着ている。
どんな手を使ってでも協力を得なければ、と意気込むメグミだったが、案内された部屋の扉が開くと意欲が消え失せてしまった。
「ど、どうして床が鉄で覆われているんだ……」
「まあ、俺たちの事を信用していないからでしょうね。武装してなくても加護があれば危害を加える事は可能ですし」
その場にへたり込みそうになるメグミをそっと支えながらサトリが答えた。ただ、そういう彼もまた顔色が悪かった。ボディチェックを受けた彼は丸腰で、加護も純粋な戦闘系の加護ではない。相手にその気があれば簡単に捕まってしまう事も、その後の扱いも容易に想像できてしまったのだろう。
部屋の奥には豪華な椅子が二つ並んでいて、片方に黒髪の少年シズトが座っていた。もう片方には金色の髪に青い瞳の少女レヴィアがいて、二人の様子を窺っている様だった。
「……どうやら向こうも読心の加護を授かっている人物がいるようです」
「そ、そうか……」
「いつまでもこうしているわけには行きません。行きますよ」
「わ、分かっている。分かっているが……」
震える足を一歩一歩踏みしめて進むメグミの歩みは遅かったが、シズトは心配そうにメグミを見ているだけで気分を害した様子はなかった。
サトリも足元を気にしつつも先導をしている兵士の後について歩き、指定された場所に立ち止まるとメグミと一緒にその場に跪いた。
「ちょっと体調が悪そうだし、椅子に座ってもらおうか」
「シズトの好きにすればいいと思うのですわ」
純粋な善意だと分かっていたサトリでも一瞬身構えてしまったが、発言の意図を汲み取れなかったメグミはすぐ近くの鉄の床が変形すると、驚いてバランスを崩し、その場に尻餅をついてしまった。
「どうぞお座りくださいなのですわ」
「あ、ありがとうございます……」
心が読めてるならメグミの心の状態も分かっているだろう、とサトリはレヴィアを見るが、彼女はニコニコしたまま発言を撤回する気はなさそうだ。
仕方がない、と諦めて「ご配慮感謝します」と鉄製の椅子に座り、メグミに視線を向けた。
「分かっている……今から座る……座る、から」
生まれたての小鹿のように震える足を叱咤して、一歩、また一歩と椅子に近づいたメグミは、ちょこんと浅く椅子に座るのだった。




