430.事なかれ主義者に悪気はない
いくつかのボードゲームで遊んでいると、日が暮れ始めていた。そろそろレヴィさんたちが戻ってくる頃のはずだ。
エミリーとモニカは旅館に残るそうなので、僕は一人で旅館を出た。
建物の屋根の上から飛び降りてきたジュリウスと合流して、ジュリウスに案内されるがまま街の中を歩く。
旅館がある区画をぐるりと囲っているアダマンタイトの檻の内側には僕たち以外立ち入り禁止にしているため、人が全くいない。
歩き続けていると進行方向がだんだんと賑やかになっていく。
格子状のアダマンタイトの向こうでは、すでに皆揃っていて、お喋りをしている様だった。
「お待たせ~」
「そんなに待ってないのですわ」
「お姉ちゃんたちは時間までビッグマーケットに寄ってたから大丈夫よ。ね、ラオちゃん」
「ああ」
「たくさんお土産買ってきたデス!」
「買いすぎじゃん。今日だけで食べ切れるじゃん?」
「いざとなったらラオとルウに食べてもらうデス!」
「残飯処理係じゃねぇんだけどな」
「ホムラとユキは?」
「ノエルを呼びに行ってるのですわ。そろそろ戻ってくると思うのですわ」
レヴィさんが言った通り、少しするとホムラとユキに引っ張られてノエルがやってきた。
流石に外で足を持って引き摺るのはやめた方が良いんじゃないかなぁ。
「魔道具工房の人たちはどうだった?」
「問題ないようです、マスター」
「明日からノルマを決めて働いてもらおうと考えているわ、ご主人様」
「じゃあ明日からのノルマは減るっすね!」
「いえ、減らすつもりはありませんが?」
「需要がどんどん増えているんだから、減らすわけがないでしょ」
ホムラとユキがバッサリとノエルの要望を切り捨てている間に、僕は皆が通れるくらいの広さに【加工】する。
ノエルが騒いでいるけど皆気にした様子もなくぞろぞろと檻の内側に入ってきた。
ノエルにしがみ付かれたホムラは、ノエルを引き摺りながら入ってくる。
皆が入ったのを確認してから【加工】を使ってアダマンタイトの檻を元通りにしたところで、向こう側から誰かが慌てた様子で駆けてくるのが見えた。
僕が気づいた時には既にレヴィさんも気づいていた様子だ。
「何かあったの?」
「どうやら予期せぬ来訪者が現われたようですわ」
「来訪者?」
僕が首を傾げて尋ねたところで、走ってきた兵士はすぐそこまでやってきた。
そっとジュリウスが僕を庇うように前に出た。
「シズトくん、こっちへいらっしゃい」
「ボケッてしてんなよ」
グイっと後ろからルウさんに引っ張られて、後ろからルウさんに抱きしめられたかと思えば、ラオさんも僕たちの前に出た。
……え、味方だよね? そんな警戒する必要があるの?
疑問に思っている間に、ジュリウスよりも前に出たレヴィさんに向けて兵士の人が話し始めた。
「先程、ヤマトからの使者だと名乗る者が駐屯地にやってきました。どうやら、商人に紛れてやって来たようです。世界樹の使徒様と大事な話がしたい、との事ですが、いかがいたしましょうか? こちらで対処せよ、という事であればそのようにしますが」
「その者たちは本当にヤマトの者なのですわ?」
「間違いないかと。つい先日まで捕虜だった者たちですから」
「捕虜は相当な数がいたと思うのですけれど、よく覚えていたのですわ」
「一人はヤマトの有名人物でしたから。もう一人は捕虜になるまで知りませんでしたが、黒髪なので覚えている者がいました」
「名前はなんていうのですわ?」
「ヤマト・メグミとヤマト・サトリです」
なんかすごく日本人っぽい名前だなぁ。
ジューンさんが寂しがっているらしい? から、明日には帰りたいのでさっさと会う事にした。
会う場所はこちらが指定した迎賓館の一室だ。ダンスができるくらい広い部屋の奥の方に置かれた豪華な椅子に僕は座っていた。少し離れた場所に置かれた同じような椅子に、レヴィさんも座っている。
レヴィさんは待っている間に、同盟軍の兵士さんからいただいた情報を読み込んでいるようだ。
護衛としてラオさんたちは壁際に控えてくれていて、ジュリウスは僕と部屋の魔改造をした後は、僕のすぐ近くに綺麗な姿勢で立っていた。
来客を報せる兵士の声で、レヴィさんは資料をセシリアさんに渡して姿勢を正した。
座って迎える事になっているので、扉が開くのを一緒に待っていると、両開きの大きな扉がゆっくりと開いていく。
扉の向こう側から現れたのは、日本人の血を色濃く受け継いでいるであろう男女二人組だった。
真っすぐにこちらを見ていた二人だったけど、視線が床に行くと顔が青ざめた。特に女性の方の動揺が激しい。
「……やりすぎたかな?」
「このくらいしても怒られないと思うのですわ」
彼女らの視線は鉄で覆われた床に固定されてしまったようだ。
アダマンタイトでも良かったんだけど、目が疲れそうだったので鉄にしたんだけど……あまり変わらない気がしてきた。
アダマンタイトに替えようかな? と考えるとビクッと男の方が僕を見た。
「……思考が読まれているみたいですわね」
「レヴィさん以外にもいるんだ?」
「まあ、どこかにはいると思っていたのですわ。お互い、やり辛いですわね」
黒髪の男の人の視線がレヴィさんに向かって、若干顔を顰めた。
だが、それも一瞬の事で、隣の黒髪の女性に何やら話しかけると、一歩前に踏み出した。
女性も大きく深呼吸すると、彼の隣に並び、歩調を合わせて僕たちの前に歩いて来る。
女性は顔色が悪いし、汗もすごいけど大丈夫だろうか?
相手が座る椅子を用意してなかったけど、用意した方が良いかな。
なんて事を考えている間に、二人は兵士に止められてその場に片膝をついた。
僕たちとはそれなりの距離があって、数段高い所に僕たちが座っている。謁見の間っぽい感じがどんな感じか詳しくなかったけど、ジュリウスに言われたとおりにやったから問題ないはずだ。
「ちょっと体調が悪そうだし、椅子に座ってもらおうか」
「シズトの好きにすればいいと思うのですわ」
振り返ってジュリウスを見たけど、無言で頷かれたので「【加工】」と呟いて加護を発動し、二人のすぐ近くに鉄の椅子を瞬時に作り上げた。
「ひっ!?」
「お姉様、落ち着いてください。相手に敵意はありませんから」
バランスを崩して尻餅をついた女性に近づいた男性が僕たちにも聞こえる声量で話しながら女性を支えて立たせた。
「なんかめちゃくちゃ怖がられてるんだけど……?」
「話を聞くだけだったら問題ないと思うのですわ」
そうかなぁ。話にならなさそうなんだけど……。
そんな事を思いつつも、二人が椅子に座るのを待った。
椅子にとても浅く座り、先程よりもたくさん汗を流してる女性には申し訳ない事をしたのかもしれない。




