428.事なかれ主義者はお菓子に集中していた
もう覚えきれる気がしないけど、まだまだ紹介は続く。
獣人の国の国王様の次に紹介されるのは人族の男性だった。
「ルノー・ラ・ティエールだ。美食を求めているのであれば是非我が国に来るといい。食べ過ぎて食い倒れてしまうかもしれんがな!」
言いたい事を言い終えると、その場に座った。
レスティナ様がその隣に座っている人物に視線を向けると、今度はその人が立ちあがった。
また人族の男性だ。人族ってやっぱり繁殖能力が高いから人族の国が多いんだろうか。
「フェルナン・ド・ノーブリーだ。観光名所をご希望であれば我が国に来るといいだろう。食事は転移門を通ってこっちに持ってくる事はできるが、名所は持ち運びできないのでな!」
「美術品などは持ってくる事ができるだろうが!」
「我が国には持ち運びできない美術品も数多くあるのだ! 貴様の所と違ってな!」
「喧嘩をするのであれば我々に迷惑が掛からない所でしてください」
レスティナ様に言われてやっと言い合いを止めた二人だったけど、まだ納得してない様子だ。
睨み合っているけど、レスティナ様が咳ばらいをしてから僕に視線を向けると、二人とも僕を見て気まずそうに縮こまった。
レスティナは満足そうに頷くと、腕を組んだまま黙って座っていた男性に「アレクライト様」と声をかけた。
男性はゆっくりと目を開くと、僕の方を真っすぐに見た。瞳が左右で色が違う。オッドアイとかいうやつだろうか。
「次は儂の番か。アレクライト・ボルトナムだ。我が国は宝石で有名な国だ。我が国でしか採れない宝石もある。奥方へのプレゼントを探しているのであれば、一度連絡してくれ」
宝石かぁ。宝石はよく分からないし、あんまり求められる事ないんだよなぁ。結婚指輪もいい感じの黒い宝石が見つかったし。
「次はヒミコ様ですね」
「アマテラスの女王ヒミコじゃ。見ての通り、其方の祖国の血を色濃く受け継いでおるが、他国の領土へ自軍を派遣する事は禁じられておる故、軍事面では期待しないでくれ」
着物を着た黒髪の女性がぺこりと頭を下げた。前世の日本のように戦争放棄でもしているんだろうか。
なんて事を考えていると、優しそうな印象を受ける顔立ちの青年が立ち上がった。歳は同じくらいかもしれない。
「エメリート・フォン・エクツァーです。前任の外交官が無礼を働いたようで、申し訳ありませんでした」
「前任……?」
「特に気にされていないのであれば問題ございません。今後は私が交渉役として来ますのでお見知りおきを」
ぺこりと頭を下げた後、エメリート様は着席した。
……だめだ、前任の人は思い出せそうにない。
最後の人が立ったところで思考を切り替える。
「クレストラ大陸最北端の国、ナウエストの王、アルフレート・ツー・ナウエストだ。エルフの国だが、世界樹はないし、都市国家フソーの民と我が国の民は全く関係がない。誤解されては困るから先にそれだけ言っておきたかった。以上だ」
先程からずっとそわそわしていたエルフの男性、アルフレート様は言いたい事を言い終わって安堵した様子だった。
レスティナ様は全員を見渡した後、頷いた。
「これで全員ですね。後程、昼食を取りながら親睦を深めていただけたらと思います。では、次の議題に移ります」
親睦を深める前に紹介された名前を忘れるぞ。
レヴィさんに視線を向けると、彼女は大丈夫ですわ、と僕を安心させるようにゆっくりと頷いた。どうやら全員分覚えたようだ。横文字の名前って馴染みがなくて覚え辛いから助かる。
北部同盟の代表者との顔合わせは問題なく終わった。
対等な立場での話し合いを、という事で同じ円卓に座って話をしたけど、緊張しっぱなしで何を言われたかあんまり覚えていない。
汗をしきりに拭いていたギュスタン様と一緒に食べ続けたお菓子については覚えているんだけど……。
馬車に乗って世界樹フソーの根元の近くまで戻る途中で、同乗したセシリアさんが今回の話のまとめをしてくれるそうなので、レヴィさんと並んで座って正面にいるセシリアさんを見る。
「魔法の国クロトーネは魔道具の研究の協力と引き換えに、魔道具製作要員を見繕ってくださるそうです」
「技術を自国に取り込む気満々の様ですわ~」
「人手増やしてくれるんだったらまあいいんじゃない? それに、魔道具が普及すればするほどエント様の事が知られていくかもしれないし」
別に作り方を隠す気なんて元々ないし、作業場でトラブルさえ起こさなければ好きにすればいいと思う。
むしろ、クロトーネに技術を独占されないように、どこかのギルドを通じて広めちゃうのもありかな。
魔道具を作る道具が高価だから自分で作ろうって思う人は少ないかもだけど。
「ダークエルフの国であるアルソットは、砂漠という過酷な環境で暮らしているようなので、水の魔道具などを所望しているようです」
「適温ローブとか売れるかな」
「どうでしょう? ダークエルフ自体はその環境に適応しているので、それ以外の種族に向けて販売するのであれば需要はあると思いますが」
なるほど。ドワーフの場合は、女性は寒さに弱いから需要があったけど、ダークエルフには男女差はあまりないのかもしれない。必要があれば調査してくれるそうだったけど、今後の付き合いの中で分かる事だろうから断った。
「ドワーフの国のルツハイムと獣人の国ハイランズ、それからアマテラスは特に要望はありませんでしたね」
「国を見て回ったら必要な物とか思い浮かぶかもしれないけど、要望がないなら後回しでいいかな?」
「良いと思います。ただ、ドワーフは女性向けに適温コートの需要があるでしょうから作り置きしておいてもいいかもしれません」
「分かった」
「ナウエストはとにかく世界樹の秘密を隠していたエルフとは無関係だと伝えたかったみたいですわ」
「それ以降、特に発言もありませんでしたね。事前情報によると、元々はあまり他国と関わりがなかった国らしいので、シズト様にしてほしい事は特にないのでしょう」
「よく同盟に加盟してくれたね」
「国土の殆どが森に覆われていて、商人が訪れるのも一苦労だから転移門の設置を受け入れたとの事でした。意図的に他種族を排斥していたわけではないようです」
「なるほど。……ボルトナムやティエール、ノーブリーは?」
「ボルトナムは宝石をたくさん売りたいようですわ」
「ティエールとノーブリーは転移門の制限の緩和を希望していましたね。自国民以外も通れるように、と」
「観光客を呼び込みたいみたいですわ~」
「なるほど……一度フソーを中継しなくちゃいけないから、軍事利用はされ辛いだろうけど、ちょっとそこは慎重に考えよっか」
「分かったのですわ!」
「承知しました」
今は自国民だけの往来の許可をしているけど、その制限を緩和したら少なからず影響はあるだろう。
メリットだけでなく、デメリットも含めて考える必要はありそうだから、同盟国の代表者たちにも議論しておいてもらおう。




