幕間の物語207.お嫁さんたちのガールズトーク
クレストラ大陸に唯一生えている世界樹フソーの周りを囲うように街がある。
かつては夜も賑わっていた都市国家フソーは、今は見る影もなく、夜の静けさに包まれていた。
少し前に新たに設立された北部同盟軍として、元都市国家フソーの市街地を巡回している兵が持ち運ぶランプの光が時折その闇に包まれた街の中を移動している。
ただ、ある区画だけは近づく事はない。
その区画は、世界樹を囲う格子状の檻と同じように半球状に覆われていて、中に入る事も、外に出る事も出来ない。
周辺の区画は地面が鉄で覆われていたが、半球状の檻の中は金色の金属で覆われていた。
半球状の檻の中心には、高級旅館として有名だった建物があり、現在、街を金色の金属アダマンタイトで覆った張本人が宿泊していた。
彼が泊まっているのは、宴会場としても使われていた広間だった。
十人くらいは余裕で入る事ができて、布団を敷けば大部屋としても扱う事ができる場所だ。
先程まではその部屋はとても賑やかだったが、ある時を境に一気に静かになっていた。
布団の用意を済ませて部屋から出ていたエルフたちはお互いの顔を見合わせた後、我関せずを決め込む事にしたようだ。
「……眠ったようだな」
「ですわね」
室内は枕がそこら中に転がっていて、部屋にいた者たちがその片づけに追われていた。
ただ、短くて赤い髪が特徴的な大柄な女性ラオと、金色の髪を縦巻きロールにしている女性レヴィアが、すやすやと気持ちよさそうに眠っている黒髪の少年の寝顔を見ていた。
先程まで元気よく枕投げを楽しんでいたその少年は、背後からの急襲によって眠らされていた。
彼を眠らせたのは彼に作られたホムンクルスであるホムラだ。
彼と同じく真っ黒な髪はとても長く、座ると床につく。
「今日は当番は無し、という事でしたので……何か問題がありましたか?」
「いや、別にねーよ」
「ですわ!」
「そうですか。では、マスターをお布団に運びますから――」
「どこに運ぼうとしているのですわ? シズトはここで寝るという話になってたはずですわ」
「そうでした。では、私もそろそろ眠ろうかと――」
「ちょっと待つのですわ。その布団で寝るのはラオなのですわ」
「……では、反対側――」
「そっちはノエルなのですわ。シズトが決めた事だから諦めるのですわ!」
二列に等間隔で並べられた布団のどこで誰が眠るのか、という問題は既に解決済みだった。
当初、シズトは別の部屋で眠る事を希望していたが警備の面でまとまって眠った方が良いと言われて諦め、その次に端っこで眠る事を希望していたがほとんどの者から不平が出たため断念し、最終案として両隣の人物を指定していた。
交代制を求める声もあったが、クレストラ大陸にいる間は当面お世話係はなし、という事で何もしてこなさそうな二人を両隣にするんだとシズトが譲らなかったためそうなった。
片付けが終わったところで各々が決められた布団の上に行く。
ラオのもう片方の隣にはエミリーが眠るようだ。
「……こうして一緒に過ごす機会はほとんどないですよね。これを機にお話をしますか?」
「ああ。……アタシらはおんなじ立場なんだから敬語とか敬称とかやめろよな」
「そう言われても……もともと奴隷ですから」
「そういうの気にしねぇよ」
タンクトップにホットパンツという露出の多い恰好のラオは、そのまま布団の上に横になった。
大きな乳房が揺れた時、そっとエミリーが自分の胸に手を置いていたが特に何も言う事はなかった。
ただ、その代わりに、と言った様子でエミリーが以前から聞こうと思っていた事をラオに尋ねた。
「ラオはシズト様のどこが好きなの?」
「それは私も気になるのですわ!」
「ガールズトークね。お姉ちゃんも入ろうかしら」
ラオから見て上に配置された布団でゴロゴロしていたレヴィアがガバッと体を起こしてラオを見ると、その隣でストレッチをしていたルウも話に加わった。
レヴィアのもう片方の隣かつシズトから見て上側の布団では、既にモニカが寝息を立てていた。
「どこって言われてもなぁ…………」
「確か、最初は強さだったのよね。その後に優しさ……だったかしら?」
「……そうだったか? あー、でも、意識し始めたのはダンジョンで突然スタンピードが起きた時だったな」
「スタンピードなんてあったじゃん?」
「あったんだよ。まあ、急に起こったスタンピードだったけど迅速に対処されたからあんまり知られてねぇけどよ。本来だったらもっと被害が出てたはずだったんだけど、こいつの頑張りのおかげで被害は最小限で押さえられたんだよ」
「その時からシズト様は強かったのね」
「今ほどじゃねぇけどな。そん時はドーラの加護も活用して溢れかえったゴブリンを大量に拘束してたな。そんな事ができるとは思わんかったから、最初はドーラに任せてこいつを逃がそうとしたんだけど、そのドーラを説得し、顔を真っ青にしながらも戻ってきたんだよ。戦闘を嫌がって避ける奴が何の役に立つんだって思ったけど、こいつのおかげでそれ以上犠牲者を出さずにスタンピードを止める事ができたと言っても過言じゃねぇな。……まあ、意識し始めたのはそん時だな」
「その後、色々あったけど私がシズトくんのおかげで目を覚まして、それ以来シズトくんの事を一番に考えているのよね」
「………まあな。これで満足か?」
仰向けになって天井を見ていたラオだったが、視線だけ隣の布団に向けると、エミリーはこくりと頷いた。
「それじゃあ次はエミリーちゃんね!」
「わ、私も言うの?」
モフモフの尻尾がボワッと膨らんだエミリーを気にした様子もなく、レヴィアは隣で寝息を立てていたモニカを揺さぶった。
「この流れで全員いくのですわ! ほらモニカも狸寝入りしてないで起きるのですわ! ノエルも魔道具ばかり見てないで話に加わるのですわ!」
「………」
「邪魔するなっす~~~」
シズトの隣の布団の上に魔道具を並べて観察をしていたノエルは、魔道具を取り上げられる気配を察して、自分の掛布団の中に魔道具をしまい込み、丸まって徹底抗戦の構えを見せていたが結局ホムラに取り上げられて渋々話に加わるのだった。




